27 日本百名城 徳島城

四国一周旅行も最終盤に差し掛かった。
淡路から鳴門海峡を越え四国に入ったN家血縁一行。親父、親父の姉、母の姉、Nという異色中の異色な旅路は、いよいよ終わりを迎えようとしている。

四国には日本百名城が香川に2城、愛媛に5城、高知に1城、そして徳島に1城ある。
それらを舐めるように巡り、経巡り、ほぼ一周してここまで辿り着いた。

日本百名城・徳島城。
変な名前の、とこどっこい坂を登る。

徳島城跡 とこどっこい坂

やがて石垣が。
10mほどあるらしい。立派な野面積だ。

徳島城跡 野面積石垣

蜂須賀正勝の子・家政が天正13(1585)年に築いた平山城で、実はなかなか稀有な例だが徳川期を通じ、阿波徳島25万石(阿波一国・淡路一国)蜂須賀家は、そのまま明治維新を迎えている。

徳島城跡 北側虎口枡形

とこどっこい坂を登りつめると枡形が出現。
シャ――――と大音量の機械音が聴こえ、何じゃろと階段を登って本丸についてみると、おっちゃんが草刈りを行っていた。

徳島城本丸跡

ゆえに、徳島城での思い出は主にこのシャーという音と共に在る。
徳島城は現在徳島中央公園として市民の憩いの場となっている。
どこか景色のいいところはないかしら。

徳島城本丸跡 景観今一つ

天守は元和年間に取り壊されたらしい。
その後、二の丸に実質天守の御三階櫓が建てられた。幕府への遠慮だろうか。

本丸の一隅にたたずむ清玄坊は、蜂須賀氏に忙殺された修験者で、元祖は清和天皇であり、源氏を名乗っていた。

徳島城跡 清玄坊

清玄坊が忙殺された後、蜂須賀家に変事が続出したため、これは祟りであるとし、末代までこれを供養するとし、怨霊を鎮めた。

標高61mの城山から、標高290mの眉山が望めた。

徳島城跡から眉山

シャーとなる機械音にすっかり耳慣れたころ、久しぶりにうっとおしく感じていたセミの鳴き声が懐かしくなった。おっちゃん。悪いか?と言わんばかりに草刈り機をぶん回し続ける。

徳島城の遺構は多くは破却されたが、石塁石垣、旧曲輪跡には石碑で案内がなされている。

徳島城弓櫓跡

西側へ下る。

徳島城跡 西二の丸方面へ

大手筋ではないのに立派な鏡石のような石垣が残る。
丸亀城みたく、大手を移動したのかな?

徳島城跡 鏡石

自然石との調和がなかなか萌える。
それにしても、ここは打込接ではなかろうか。

徳島城跡 石塁

西に曲輪が続くのが特徴かもしれない。
西二の丸、西三の丸と続く。

徳島城跡 西二の丸

西三の丸は眺望が開けている。なかなか空が広く、高い。
ありがたいことに、そして爺さん婆さんにはキツイことに、この旅路はほとんど晴だった。大きく天気が崩れるときは、夜のうちか移動中だった。

徳島城跡 西三の丸跡からの眺望

ICテンダ機関車 8620型式 68692号。
大正12年のものである。

徳島城跡 機関車

売店だったか、博物館だったか、記憶が定かではないが、多分売店みたいなところでかき氷。暑いのよ。毎日。

徳島城跡 かき氷

まだシャーが聴こえる。だいぶ遠く。
蜂須賀家政公像の前。ハルチャンは山系は一切登らなかった。ここでも三人である。

徳島城跡 蜂須賀家政公像

大手門の枡形。
打込接の石垣。

徳島城跡 大手門枡形

大の字の刻印。
徳島城にはけっこう刻印石が残る。
豊臣政権下で、このころ伊予を治めていた小早川隆景、土佐の長宗我部元親、比叡山の僧侶などが手伝っている。天下普請だ。
石垣は、ほとんど「阿波の青石」と称される緑色片岩と、赤石といわれる紅簾片岩が使われているらしい。

徳島城跡 石垣刻印

全然関係ないけど、書いているの2017.03.12(日)。寒くて手がかじかんで打ちにくい。この旅書き終えたら、去年(2016)の四国出張旅書こうかな。そんな風に想いながら書いている。2017年のGWは、浦賀人旅部で四国へ主に高知旅を予定している。寒いので余談。


長方形の石を多用しているから珍しく見えるのだろう。実際珍しい。

徳島城跡 大手門石垣

大手の下乗橋は、元々、小見付橋とも言われた木製アーチ状の太鼓橋だったが、今では普通の石橋となり、その名だけが残っている。

徳島城跡 下乗橋

のどかである。

徳島城跡 内堀

城内唯一の建造物は、復元された表口見付の門であった鷺の門。
現存していた鷺の門は、大東亜戦争時の空襲で焼き払われた。

徳島城跡 復元鷲の門

四国は田舎すぎて空襲を受けなかった。
となんとなく思っていたが、調べてみるとしっかり四国四県空襲されていた。
どっかで「四国は空襲を免れたため現存天守が多い」と書いてしまっているかもしれない。みつけて訂正せねば・・・

「しったかぶり」のブログに違いはないが、正確さだけはなるべく追求したいのが、このブログでございますのです。それにしても初歩的な勘違い。無知無学を悔いることこの上ないなぁ汗。


鬼門に当たる数寄屋橋。こちらは木橋で雰囲気があった。

徳島城跡 数奇屋橋

さすが阿波の首都の城。
なかなかの規模だった。


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