22 安芸城跡

つまり、土居廓中はこの安芸城の城下町の一部で、武家町だったのである。

安芸城は、鎌倉時代の延慶2(1309)年、安芸親氏が築いたのが始まりとされる。
構造はシンプルで、本丸(一ノ段)が安芸平野にぽっかりと浮かんでいる小山に配され、平地には内堀と、その外側に堀を掘った土で掻き揚げられた土塁を設置。「土居」と呼ばれる所以である。

安芸城跡 水堀

大手の桝形虎口(下の写真)は現在も石垣が残っており、往時を偲ぶよすがとなっている。
城の外郭は矢の川、城ヶ淵を要害とし、天然の外堀と為している。

安芸城跡 大手枡形虎口

きれいな枡形。教科書のようだ。

安芸城跡 大手桝形虎口 内から


安芸氏はその後戦国時代に長宗我部氏に追われ、そのちょすがめどん(長宗我部どの)も山内氏に追われ、山内家老の五藤氏が安芸城に入った。

安芸城跡 五藤家顕彰碑

あやしい城は、書道美術館である。

安芸城跡 歴史民俗資料館

小丘の裾に張り付いている石垣を眺め、本丸一ノ段へ登ってみる。

安芸城跡 石垣

なに、2分くらいですぐ着くんだぜ。

安芸城跡 登城

そして見事に何もない!

安芸城跡 一ノ段

安芸城下でなく、土居廓中と呼ばれる今一つの理由は、一国一城令のためである。例えば奥州伊達氏が主城以外を「要害」と呼んだように、「土居」と呼んだのだ。いうまでもなく、土佐の主城は高知城だ。

安芸城跡 遠景

大気は湿気をはらむ晴となった。

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