29 本間家旧本邸


道すがら。
余目。あまるめという珍しい地名のJAたがわには、「余目温泉 梵天」跡がある。典型的な天守閣風建築物というやつだ。梵天は2006年にはすでに廃業しており、2014年には「庄内町ギャラリー温泉 町湯」がお隣に開業している。

余目温泉梵天跡

山形の酒田で一番有名なのは、山居倉庫だろう。←のリンクは2015年のGWのものだが、後段で2012年の山居倉庫にも触れるだろう。

ここのテーマは、本間家だ。
Nが通う会社にかつて本間さんという名工が居て、新潟出身だった。関係あるかは知らないが、酒田の本間氏は、全国に名が通った大地主であった。
本間氏は大きく分けて佐渡を支配した佐渡本間氏と、ここ酒田本間氏と、大友氏の支族である大分の豊後本間氏がある。
酒田本間氏の規模は凄まじく、
「本間様には及びもせぬが せめてなりたや殿様に」
という歌が流行ったほどの栄華を誇り、戦後GHQによる農地解体まで、日本最大の地主と称されていた豪商中の豪商である。


三代目光丘が、庄内藩主に幕府の巡見使の宿舎として明和5(1768)年に建築、献上した。

薬医門から入っていくことはできないが、白壁と黒板張、武家屋敷らしい風格が漂っている。往時は日常使用されていたという。

本間家旧本邸 薬医門

今、入っていけるのは、本邸とともに山形県指定有形文化財に指定されている長屋門だ。
長屋門は旗本2000石の格式を誇るれっきとした現存建造物。

本間家旧本邸 長屋門

本間家旧本邸は藩主へ献上した後、本間氏が拝領し、本邸として使用した。そのため奥は商家造りとなっている。表は武家、奥は商家、こういった構造は極めて珍しい。

玄関先の松は伏龍の松と呼ばれ、また門かぶりの松とも呼ばれている。

伏龍の松(門かぶりの松)

邸内は清潔に保たれている。

本間家旧本邸 邸内

株式のチャートを見たとき、棒グラフの上や下に線が延びている。いわゆるローソク足と呼ばれるものがある。今は世界中のヘッジファンドや個人投資家が取引の重要な目安として使用しているのだが、実は本間宗久という人が考案したとされている。もちろん、酒田本間氏の人だ。

ちょっと大きく言うと、世界の株や先物取引の先駆け的存在と言っても良いかもしれない。というか、それほど江戸時代の経済は爛熟していたのである。

本間家旧本邸 軒先

向かいにはお店。
おみせ、ではない。おたな。と読む。

本間家旧本邸 別館

ただの金持ちではない。
庄内米の稲作の技術向上や名声アップ、防砂林の植樹による飛砂の防止、小作人の保護など公共的役割も果たした。庄内藩主酒井氏や、米沢藩上杉氏にも融資をした。

ビル・ゲイツも裸足で逃げ出すような一族だったのである!



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