28 新庄城跡 ~回想録①~

東北浦賀人旅Ⅱは酒田へ向かっているが、せっかく近くに来たので、2009年10月25日(日)に寄り道してみよう。そもそも2012年のことを2017年に書いてる時点でわけわからないのに…w

新庄藩六万余石。江戸は寛永二(1625)年、出羽の名門・最上家の山形藩改易により新庄藩が成立し、戸沢政盛が入府。政盛は関ヶ原の役に際して東軍に属し、上杉景勝と戦うも、その消極策を役後咎められ、常陸国松岡へ減封されていたが、先述最上氏の失脚と、徳川重臣・鳥居氏から養子を迎え準譜代の扱いを受けていたため、新庄藩を任されることになる。戸沢氏は無事、泰平の世を経て明治維新を迎えている。

別名、沼田城、鵜沼城。
おお、沼田とはなかなか親近感のある名前だ!

遺構としては、これはなかなか良いと言える。
素晴らしく遺っているとはいえないが、城郭の割り振りは比較的そのままに、現在は最上公園となり、戸沢氏始祖・衡盛と初代藩主・政盛、最後の藩主・正實を祀る戸澤神社が鎮座している。

表御門跡の石垣。
近世城郭の粋ともいえる切込接を用いている。

新庄城跡 表御門跡

藩の政庁であった御玄関内には戸澤神社。

新庄城跡 戸澤神社(御玄関跡)

最上地方だし別にいいんだけど、改易されてしまった最上の名を、今は公園名・最上公園として冠している皮肉。

新庄城跡 最上公園

戸澤神社の参道で、かつて本丸と二の丸を繋いでいた土橋。

新庄城跡 土橋

城郭としては本丸があり、水堀を挟んで二の丸がぐるり取り囲んでいる。三の丸はどちらかというと取って付けたような感じがあり、戦時を意識した趣ではなく、政庁であることを強く感じさせる。

城内には跡碑がそこここに置かれ、簡易な説明もあるのでじっくり公園散歩の感覚で巡ることができる。どの城址もこうあって欲しいな。

新庄城跡 御物見跡

新庄ゆかりの人物である造園家・折下吉延氏が手掛けた「心字池」。
折下氏は隅田公園や山下公園を手掛けた随一の人物である。

新庄城跡 心字池

藤嵐閣は、京都二条城の流扇閣を模した建物だそうなのだが、詳細は遂にわからず仕舞い。

新庄城跡 藤嵐閣

都市公園としても、水辺あり木々の梢あり、神社あり歴史ありで、よき憩いの地となっているようだった。

新庄城跡 二の丸から

雪の季節に訪れてみたいと、ふと思う。

新庄城跡 二の丸

この日。
2009.10.25 11:15
山形北部の新庄市はすでに冬支度で、ところどころ落葉、紅葉。夜は凄まじく寒い。

新庄城跡 噴水

この時の旅路は会津から山形へ出て、昼に米沢牛のステーキを食べて、その脂肪分の多さに気持ち悪くなり夜も吐いたりして散々だったが、速攻寝ると朝には回復し、山形市から新庄、鶴岡と歴訪し、城めぐりを楽しんだのだった。Yとの野郎ふたり旅だった。



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