9 高岡古城公園 ~高岡について~

高岡古城公園は富山唯一の日本百名城・高岡城跡である!
ここもまた、2008,9年に続いて7年ぶり3度目の訪問となる。

今回は城内にある越中国一宮・射水神社目的で来ていたので、ほぼついでであるw
城の北側、御城外の曲輪から入る。駐車場は無料北口駐車場に停めた。

本丸町11の地味目な入口から入る。射水神社に一番近いと思ったからだったが、あとで境内にも駐車場があることが分かった。蝉の声降りしきる暑い中、古城散策を始める。

高岡古城公園 御城外

高岡城は、長方形の縄張りで、東西南北の端に角がある。地図で真上から見るとひし形をしている。
それぞれの曲輪は水堀でキッチリ区分けされており、当時はどうかは知らないが、野趣にあふれ、まさに「古城」の名に相応しい雰囲気を持っている。

城の北側だけは割と自由な縄張りなのか、浮島みたいになっていたり、本丸の北端(写真)がやけに突出している。

高岡古城公園 御城外北側の水堀(向こう本丸)

赤い欄干に擬宝珠が素敵な本丸への朝陽橋を渡る。むこうからはポケモンGo!患者と、夏休みの宿題だろう、スケッチブックをかったるそうに持ち歩く少年が歩いている。高岡の日常であろう。

高岡古城公園 朝陽橋

小学校中学年くらいの女の子が木陰に腰掛け、スケッチをしていた。同じ方向を眺めてみると、おお、なかなかの構図ですなぁ(*´ω`)

高岡古城公園 噴水

大人はポケGo、子供は宿題という。。。
それにしても、街中の城跡公園ということを一瞬忘れる程深い緑と水に囲まれている。
アマゾンみたいと思ったが、溝ほどの水堀とは比べ物にならないんだろうな(苦笑

高岡古城公園 水堀 アマゾン

本丸に入ると、一気に視界が開ける。深緑から一変。目にもまぶしい明るい芝生の緑だ。
高岡城は江戸期には形式上廃城となっていたが、加賀藩の火薬庫および食物庫として密かにその軍事力を養っていたという。

高岡城 本丸広場

多分幕府は黙殺していたのであろう。泰平の世には脅威ではあったが、積極的に翻意を示すこともない加賀富山両藩と無益な争いも望むこともなかった。結果高岡は銅器、漆器の町として江戸期を通して繁栄することになった。

城跡にほ、建造物の遺構は無いが、井戸跡は残っていた。城郭の3割が水堀である高岡城の水は潤沢にあったろう。本丸井戸は2008年に撮ったものだ。

高岡城 本丸之井戸

広場内の一角には本丸の石垣が散りばめられていた。
これも2008年。

高岡城 石垣の石

本丸には高岡城を築き、高岡の町を作った前田利長の像もある。
これも2008。

高岡城 前田利長公銅像

こちらは2009。

高岡古城公園 前田利長公銅像

ちょっとここで「高岡藩」や加賀・越中の関係に触れておきたい。
実際、高岡藩なんて藩は歴史上存在しなかった。

高岡古城公園

じゃ、なんで高岡藩なんて書いたのかと言うと、自分自身が単に高岡藩があったと思い込んでいたからである(ドヤ顔)!
高岡は、加賀前田藩主であった前田利長の隠居城であった。もともとは富山に隠居していたのだが、火災に遭って一旦魚津に逃れたが、関野と呼ばれた場所に新規に築城を施し、関野を高岡と改めた。
中国最古の詩編「詩経」の一節である「鳳凰鳴矣于彼高岡(鳳凰鳴けり彼の高き岡に)」による。いわゆる瑞祥地名である。

高岡城の縄張りは、ドン・ジュスト高山右近(写真)が手掛けたとされている。

高岡古城公園 高山右近銅像

だがせっかくの城下町も、豊臣滅亡後の一国一城令によって廃城を余儀なくされた。だが城としての機能は実質無くさず、城下は銅器をはじめ鋳物、工芸は漆器と、工業商都として発展をつづけた。
前田家は言うまでもなく前田利家を祖とする大家で、徳川家康も一目置いており、関ヶ原役まわりではさんざん利長にいちゃもんをつけたものだが、とり潰しにはついぞ至らなかった。

加賀百万石と言うが、実際の前田家の勢力は3藩の体制からなっており、旧国名に照らすと加賀、能登及び越中の大部分を支配する加賀藩と、越前との国境の小さな大聖寺藩、そして富山藩。現在の富山県の真ん中縦一列である。割り当てとしては加賀44万石、能登21万石及び越中53万石
越中が富山藩と思い込むと全然違うのだ。大聖寺藩と富山藩はそれぞれ10万石で、加賀藩は諸大名最大の102万石であった(それぞれの石高はいずれも推定値)。

高岡古城公園 高岡開町400年 2009

2009年には開町400年を迎えた。廃城となった城があった町は多くは衰退したが、高岡は今でも市の体を維持している点、先人の努力の賜物であろう。

また、高岡は「万葉の里」と呼ばれている。これは、かつて越中の国府があったこの地に、歌人でもある大伴家持が国主として赴任してきた時、220余首の歌を詠んだことにちなんでいる。
高岡の駅には(写真2008年)大伴家持像がある。高岡市の花・カタカゴの由来となった歌も碑文に記されている。

『もののふの 八十娘子らが 汲み乱ふ 寺井の上の 堅香子の花』


たくさんの少女たちが、入り乱れるように井戸の水を汲んでいる風景と、傍に咲くカタカゴの花の可憐さを重ねた歌だ。
素人目にも、そんな爽やかな情景が目に浮かぶような歌だよね!

高岡駅 大伴家持銅像

万葉の歴史の下支えもあるのだろう。高岡は今も健在だが、商店街のシャッター街化は深刻なようだ。

高岡城に戻ろう。
高岡城跡としての見所は、先に述べた古城感満載の水堀風景と、本丸への石垣土橋であろう。

高岡古城公園 本丸土橋

乱積みの石垣は風情があっていい。
石垣だからといって石橋とはならない。石垣の中は土なのだ。

高岡古城公園 本丸土橋石垣

古を二つ持つ町高岡。江戸の風情に隠れた、万葉の歴史も感じてみよう。



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