48 肥前国一宮・千栗八幡宮の雨上がり

紆余曲折を経てやってきた佐賀。この佐賀旅も、すでに終わりを迎えようとしている。
散々降っていた4日目の雨は、ここに至りようやく小康となった。
もはや傘は不要であった。デジカメは湿気と温度差で結露気味。外装も剥げてしまった。

旅の最終目的地は、ふたつめの肥前国一宮・千栗八幡宮だ。

肥前国一宮・千栗八幡宮

せんくりでも、ちくりでもない。
ちりくと読む。
肥前国養父郡の郡司・壬生春成が八幡大神の御神託を蒙って、千根の栗が生い茂っているこの地に創祀した。これが神亀元(724)年と伝わっている。

栄光への石段と呼ばれる、146の石段上に社殿がある。
バルセロナオリンピックで金メダルを獲った柔道の古賀稔彦氏は、足腰の鍛錬のためにこの石段を駆け登っては駆け下りていたという。

千栗八幡宮 栄光への石段

ちりくと読むのは、壬生春成が猟をしているとき、八幡大菩薩の使いである白い鳩が弓の先にとまり、その夜枕元に白髪の老人が現れ「八幡大神ご臨降の瑞相である」とし、丸い盆に千個の栗を授け、この地に八幡大神を祀れと告げたという。
翌日、再び猟のためにその地を訪れると、逆さに植えられた千個の栗から、栗の木が一夜にして生い茂っていたことから、「くり」を逆さにして「ちりく」と言うようになった、と伝承されている。

千栗八幡宮 拝殿

祭神は、応神天皇とその父である仲哀天皇、そして仲哀天皇の皇后である、神功皇后である。
仲哀天皇は日本武尊(ヤマトタケル)の子であり、この辺りから神話の時代は終わり、日本史は動き出している。
五穀豊穣、厄除、国家鎮護のご神徳が篤いとされる。

千栗八幡宮 馬

写真はお粥堂という。
千栗八幡宮は、日本三大粥祭りの一つ「おかいさん」神事が行われる神社である。
おかいさんは、粥占いで、2015年は地震大いに見ゆ、で、2016年も地震見ゆとなっていた。
2005年の福岡西方沖地震の時は大いに見ゆだったから、もしかしたら当たるのかもしれない。

2月に粥を炊き、3月15日のカビの生え具合で占うという。別に地震だけではなく、豊作や事故、流行り病なども占う。

千栗八幡宮 お粥堂

境内からは久留米の町まで一望できる。
すぐ下に流れている古川が、もともとの筑後川だったと言われ、これが福岡と佐賀の国境となっている。

千栗八幡宮から久留米方面

下の写真。右が佐賀。左が福岡。

千栗八幡宮 古川

嫁と来れなかった佐賀の旅。
佐賀の端に至り、下道にて、福岡空港へ車を走らせる。


関連記事

テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ぬたーむ

Author:ぬたーむ

日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
かもしれない☆
ブログはつれづれ、旅はガチ、歴史はぼちぼち
そんな毎日でありたいなw

★旅行ガイド専門サイト★
『たびねす』『itta』
に記事を寄稿してます☆
『たびねす』ではポイントを絞ってご紹介!
『itta』ではドタバタ道中も一緒くたの旅栞!
ぜひ見に来てね!

あとツイッターも…
『旅景より』


ぜひitteね(*´з`)

旅行メディア「itta」



カウンター


総記事数:

ランキング
最新コメント
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
もろもろ!
旅の記憶
旅日記や城巡りなどの一覧
カテゴリ & ブログ内検索
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
全ての記事を一気読み☆

※全記事一覧※

QRコード
QR
RSSリンクの表示