東海道五十三次 11 大磯宿~小田原宿

 小田原宿(九番目の宿場)への道

 2011年7月3日(日)9:45 晴ときどき曇 通算5日目

 ・・・暑い。
 梅雨明け前とはいえ、この時期に太陽が出るとまさに真夏並の暑さだ。とにもかくにも、今日は小田原宿まで15.6km、一駅(宿)区間とはいえ、五十三次中3番目に長い一駅間だ。

今日も元気にお肌が不安(爆) 9:45
すっかり夏空の大磯宿

 大磯駅を出て左の坂を降り、東海道へ出る。曽我兄弟の仇討ちにゆかりのある延台寺を訪れるも、虎女の成長と共に大きくなったという虎御石がよくわからなかった・・・

小島本陣跡(そば処 古伊勢屋)

 少し歩くと、今は「そば処古伊勢屋」の小島本陣跡がある。大磯宿は江戸っぽい作風の絵と説明が書かれた手作り感のある説明板が設置されていた。

 そのすぐ先の地福寺には、「えっ!?これが!?」と思わず驚きの声を上げるくらい簡単な島崎藤村の墓があった。

地福寺の島崎藤村の墓 木漏れ日が揺れていた
地福寺の島崎藤村の墓

 尾上本陣跡碑で三脚立てて写真撮ろうか迷うも、人通りが多くて断念(苦笑)

尾上本陣跡・大磯小学校発祥之地碑 10:02
尾上本陣跡・大磯小学校発祥之地碑

 南組問屋場跡の看板のあたり、カーブの所で一瞬東海道はカーブの部分だけ旧道に入る。
 その旧道を少し外れて海岸に出ると、ここが日本海水浴場発祥の地、照ヶ崎海岸である。

松本先生謝恩碑 10:10
松本先生謝恩碑

 碑文には軍医総監 松本順の海水浴場への功績と
「親しまれて 百年 逢いにきて 大磯の 夏」
と、昭和59年6月24日付けで刻まれている。尚、謝恩碑の題字は犬養毅である。

ロングビーチ方面を望む
照ヶ崎海岸

 また、大磯は湘南発祥の地でもある。
 崇雪(そうせつ)という人が、この少し先の景勝地、鴫立沢を讃え、
「著盡湘南清絶地(ああ しょうなん せいぜつち)」
と感嘆している。
 中国湖南省洞庭湖のほとり、湘江の南側を湘南といい、大磯がその地に似ていることから湘南と呼ばれるようになった。

と、説明板にあったw
湘南発祥之地 大磯

 崇雪は、西行法師の詠んだ名歌
「こころなき 身にもあはれは 知られけり 鴫立澤の 秋の夕暮」
を慕い、鴫立沢に草庵を結んだ。
 
日本三大俳諧道場の一つでもある鴫立庵
鴫立庵

 鴫立庵は、国道に面した所にあるが、数歩階段を降りると別世界で、沢をまたぐ石橋、木漏れ日の揺れる木々、茅葺の庵と、今でも崇雪の愛した景観がそこに広がっている。

 国道に戻ると、ほどなく反対側の右車線に島崎藤村邸の案内板がある。
 民家の並ぶ路地に分け入り、案内どおりに進むと、島崎藤村邸にたどりつく。

島崎藤村邸

 島崎藤村は晩年、大磯が温暖なのを気に入り、この地に棲み暮していた。足が悪かったが、鴫立沢までとことこと歩いてみたり、照ヶ崎海岸で日がな一日創作の想像をめぐらせてみたり、邸の縁側や大のお気に入りだった書斎に籠っては詩を詠んだりと、一片の画題になりそうな暮らしであった。

 その藤村の最期の言葉は、8月22日の夜中。静子夫人へ語りかけ、逝ったという。

「涼しい風だね」


 国道へ戻り、上方見附を過ぎると、「沼津56km、小田原18km」の標識が掲示されている歩道橋がある。

歩道橋から松並木を望む
大磯宿 東海道松並木

 しばらく松並木を楽しみながら歩くと、やがて国道から旧道へ、道は右手へ分岐する。
 分岐するとすぐ、大磯城山公園への入口がある。


→ 大磯城山公園へ

 
 小磯城(城山公園)を出て、11:23スポーツウォーターを購入。スピードアスリートというあまり聞かないアクエリ系の飲料水だ。
 東海道は暫し旧道が続き、1.5kmほどで国道1号へ復帰する。その旧道で、いかにも東海道歩きをしているらしき壮年の夫婦を見つけた。
 2人は仲良く帽子とリュック姿で、先を行く夫を追いかける奥さん。その雰囲気が微笑ましい。

本郷一里塚付近 11:30
大磯宿 壮年の夫婦を追い抜いた旧道

 国道1号に復帰して、ちょっと先、二宮駅を過ぎたところでまた右手に逸れ、旧道をちょっとだけ歩く。

12:04
大磯宿 旧東海道の名残り

 旧道から国道へ復帰する直前に、道祖神が旧道に背を向ける形で置かれている。色々なところにあったものをひとつ所に集めたのだろうか。

12:09
大磯宿の道祖神

 国道へ復帰。12:20途中のサンクスに立ち寄る。現代のコンビニは、東海道歩きの強い見方だ!
 ガリガリ君と、ずっと探していた東海道歩きにちょうど良さげな帽子を散々品定めして購入。早速着用した。正直、この暑さは適わない。紫外線が容赦なく28歳の若さを失いつつある顔面に直撃する。・・・これは痛い(苦笑)

 そして、またまた、今度は左手へ逸れ、旧道へ。

押切坂一里塚跡 この先押切坂である
押切坂一里塚跡

 またちょっとだけの旧道だが、このあたりは押切坂と呼ばれていたそうだ。
 大磯宿と小田原宿の間に位置することから、「間の宿(あいのしゅく)」と言われる休憩所が設けられ、「梅沢の立場」と呼ばれる賑わいのある町並みだったという。

間の宿 梅沢の立場 松屋本陣跡 12:25
間の宿 梅沢の立場 松屋本陣跡

 国道に復帰し、暫く歩くと車坂である。
 「鳴神の 声もしきりに 車坂 とどろかしふる ゆふ立ちの空」
 とは、かの太田道灌がこの地で夕立に打たれながら詠んだ歌である。

車坂 12:42
車坂

 しばらく歩いて、13:15国府津のあたりで吉野家へ入り、¥550のうな丼を食した。別に、東海道歩きといってもファストフードなどの店に入ることに抵抗はない。これはこれで、現在の文化の象徴なのであるから、気にならない。

・・・けど、もう少し先の地域へ行ったら、名店とか地域の名物は食したいなぁ!!

 話は変わるが、このあたりから、嫌に股関節が痛くなってきた。東海道歩き始めは歩きの不慣れからか筋が痛くなったり、ひどい筋肉痛になったりもしたが、この痛みは初めて襲う「リタイア」クラスの痛みだった・・・

歩くのもやっとに・・・ 酒匂川 13:55
酒匂川

 酒匂川は、以前は渡しだったが、今は酒匂橋が架かっている。酒匂川の渡しは、江戸側は酒匂橋のたもとあたり、京側は国道1号から一本内側の道が旧道であった。
 小田原城にとって天然の外堀である酒匂川を渡ると、道は一旦旧道へ。

新田義貞公首塚 14:10
新田義貞首塚

 新田義貞は越前国(福井県)藤島で討ち死にしたが、その家来が晒された首を奪い返し、上野国(群馬県)に葬るために東海道を下ったが、この地で病に罹り、やむなく埋葬し、自身も没したという。
 義貞家臣、宇都宮泰藤は後の小田原城主、大久保氏の祖先である。

 14:05、旧道でミルクコーヒーゼリーを自販機で購入した時、100円玉が財布からポトリ・・・なんとブロックの隙間に落ちてしまった。一旦は諦めかけたが、悔しいので近くにあった棒切れで必死に掻き出して事なきを得た。
 そんなしょうもない挿話。

 股関節の尋常じゃない痛みと格闘しつつ、遂に小田原の市街へ入った!
 
小田原宿の表示が! 14:30
小田原宿に来た!

 このあたりが、小田原宿の江戸口見附である。

小田原城址 江戸口見附跡
小田原城址 江戸口見附跡

 ここから東海道を逸れて右手の路地へ入っていくと、小田原城の外郭「蓮上院土塁(クリックで「小田原城跡」へ!)」がある。

 江戸口見附跡は左側の歩道にも跡碑があり、こちらには一里塚跡も表記されている。

 その先、新宿町を歩く。そのまま行くと小田原城へ向うが、東海道は新宿の交差点で左折し、100mほどで右折し、旧道を行くことになる。

小田原名物の蒲鉾店が並ぶ 14:57
旧道の蒲鉾店群

 脇本陣の古清水旅館には、1945(昭和20)年8月15日の小田原空襲の説明板がある。
 そのすぐ先が、清水金左衛門本陣。明治天皇行在所である。

明治天皇行在所

 旧道から国道と合流する所に、東海道歩きの旅人達が小休止できる「なりわい交流館」があった。

15:07
なりわい交流館

 そして、蒲鉾に次ぐ小田原名物、ういろうの城郭風のお店が見えてきた!!

15:15
ういろう

 お土産にういろうを購入し、今日の東海道はここまで!!

16:25
小田原城を眺めつつ帰る。

 小田原城を散策しつつ(クリックで小田原城へ!)、小田原に住む会社の先輩と偶然っぽく城内で会ってみたりしつつ、天守を眺めながらデカビタCを本丸で飲んで帰宅の途に着いた。


 股関節はどうにかもったが、帰りのJR東海道本線で、車内の空調が震えるほど寒い・・・
 これってもしかして、熱中症気味ってことか!?

 次回は箱根だ。股関節は?真夏の箱根の坂ってヤバすぎるんじゃね??
 不安を払拭しきれずに次回へ続く!!

小田原宿の自販機


※大磯~小田原MEMO※
◎参考地図
大磯宿
大磯~小田原の道のり
大磯~小田原の道のり補足。酒匂川の旧道
小磯城跡
小田原城跡
小田原宿

◎歩行距離:15.6km
(1日:大磯宿(8)-15.6km- 小田原宿(9) 計15.6km (通算81.0kmkm/492.1km))

◎時間:9:45~15:15 5時間30分
(1日:5時間30分 通算:28時間00分)

◎会計
・交通費(行き)JR¥650(帰り)JR¥950
・食べ物 冷物 ガリガリ君ソーダ¥62 昼食 吉野屋 うな丼¥550
・飲み物 スーパーアスリート¥130 ミルクコーヒーゼリー¥120
・お土産 ういろう¥600
・その他 帽子¥1280
・~小田原¥4342 ~前回まで¥9160
合計¥13502


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まとめteみた【しったかぶりの日本歴史旅 と、もろもろ・・・】

 小田原宿(九番目の宿場)への道 2011年7月3日(日)9:45 晴ときどき曇 通算5日目 ・・・暑い。 梅雨明け前とはいえ、この時期に太陽が出るとまさに真夏並の暑さだ。と

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