30 伊萬里神社

伊萬里神社は、昭和37(1962)年に成立した神社だが、創祀はずっと古く、景行天皇2(72)年。
創祀の由来は古事記や日本書紀に出てくる、140歳まで生きた(古事記曰く)垂仁天皇の時代。つまりは神代の昔である。

伊萬里神社は、伊万里川に沿って境内を構えている。

伊万里川と伊萬里神社

参道はまっすぐの場合が多いが、伊萬里神社は川沿いに参道がある。
鳥居には、戸渡嶋宮との文字。戸渡嶋神社は海運の神様。香橘神社に合祀されている。

伊萬里神社 戸渡嶋宮の鳥居

垂仁天皇の勅命により、常世国(とこよのくに)へ渡った田道間守(たじまもり)は不老長寿の妙薬と云われた非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)。つまり橘を日本へ持ち帰った。田道間守は、伊万里に帰港し、岩栗山に登り、その景勝に感動し、非時香菓一株を植えたという。

これが日本へ初めて橘が渡来したエピソードであることから、香橘神社が創建された。
菓子と書き、このみと読む。つまり、この地はお菓子大国・日本の始まりの地でもあったのだ!

水神様がおられそうな楼門が素敵。

伊萬里神社 楼門

境内の略図には、伊万里らしく伊万里焼が用いられている。伊万里焼の老舗・小笠原藤右衛門窯の謹製である。

伊万里焼 小笠原藤右衛門窯 謹製 伊萬里神社境内略図

樹齢350年と伝わる「結びの大楠」
神社創建の事を思えば、このクスはまだ若い。

伊萬里神社 結びの大楠

階段を登ると、神門が見える。
古い神社は、やはり神秘的だ。

伊萬里神社境内

本殿に参拝する。美味しいお菓子に出会えますように(嘘)
境内には、他にも菓祖として、田道間守を祀る中嶋神社も鎮座している。

伊萬里神社本殿

そして、お菓子といえばカル・・・森永である!!
森永製菓の創設者である森永太一郎は奇しくも伊万里の出身で、最初は焼き物を売って身を立てようと試みたが、失敗に終わったようだ。
渡米し、西洋菓子に目を付け、菓子作りの修行をしようと奔走するが、こちらも捗々しくなかったという。この頃にキリスト教徒になったらしい。
洋菓子の製法をどうにか身に着けて帰国した太一郎は、東京赤坂に念願の森永西洋菓子製造所を構える。最初はマシマロー(マシュマロですな)を作り、キャラメルを作り、彼は菓子王になった。

その、森永太一郎の胸像が境内の奥で静かに佇んでいた。

伊萬里神社 森永太一郎翁像

伊万里焼の町でうまれ、伊万里伝統の焼き物売りに失敗し、伊万里神話のお菓子売りで大逆転大成功を得た森永氏。歴史は数奇な運命で結ばれた。

伊萬里神社石碑群

参道の入口には、合祀されたそれぞれの神社碑が並べられている。

伊萬里神社

伊万里の総合社・伊萬里神社。
味わい深い神社であった。


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