18 唐津城③ 攻城!天守閣へ

2016.05.01(日)

唐津城。
豊臣秀吉の時代、政権下で活躍した、どっちかというと官僚タイプの武将・寺沢広高によって整備された城郭都市をひっくるめて、唐津城という。

香川県の高松城など、日本には海城の名城も多くあったが、この唐津城ほど国際色のある港城はなかなかない。江戸期は、結果的に鎖国になってしまったが、もしそうでなければ、この地は明確に中国大陸へのハブ城として栄えていたことであろう。

城郭内から直接船の出入りがあった。主には参勤交代の際の出入りや、御蔵への納入物品などが運ばれていたという。

唐津城 船入門

駐車場は、東城内駐車場が一番城へのアクセスに便利だが、最近は宝くじが当たるという宝当神社が鎮座する島・高島へ向かう船が出るため、そちらの人気で混雑している。

駐車場は幹線道路を跨いでいるため、地下道を通るのが安全。
からつくんちなんかの絵が描かれたタイルがあってなかなか楽しい地下道だ。

東城内駐車場 地下道の鯛

繁忙期は出店も出るらしい。そういえば、腹減ったぞ。
呼子朝市でいかバーガー食べて以来、結局何も食べずに15時を過ぎてしまった・・・

唐津城の出店

でも普通に焼き鳥とか焼きそばもなぁ、なんて思ってるせいで何だかんだ食べ損ねるのだ。。。

さ、登城登城。
入口から左折で有料エレベーターに乗ってあっという間に本丸まで行けるが、やはり古城を楽しむなら徒歩である。

200有余段の石段を登る。標高は43m。堂々たる平山城ですね。

唐津城石段

石垣は打込接でしょうか。
野面というには面が整ってるし、切込というには大雑把。亀甲というにもそこまで計画的に積まれてもおらず。ただ、重みのパワーが下に向かっていそうに見えて、耐久性は強そうな印象を受ける。

唐津城石垣

枡形の石積みは色濃く打込接。算木積は発展途上かな。
こちらは2009年8月2日(日)の写真。

2009.08.02(日)撮影
唐津城 枡形

樹勢が回復したという、唐津城のフジ棚。
ちょうど見ごろと聞いていたが、ちょっと散りかけだったな。

唐津城藤棚

展望広場の斎藤茂吉の句碑には

松浦河 月あかくして 人の世の かなしみさへも 隠さふべしや

松浦川の流れの静けさが目の前に現れるような、静かな詩である。

2009.08.02(日)撮影
唐津城 茂吉句碑

藤棚に映える城という構図はなかなか見たことがなかったので新鮮。

フジと唐津城

平成30(2018)年まで、石垣の修復工事は続く。
前回来た2009年も、石垣工事は始まっていた。本丸へは西門口を通る迂回ルートだ。

唐津城 平成30年まで石垣修復

前回は、通常通りの茶室櫓から本丸へのルートを通れた。

2009.08.02(日)撮影
唐津城 茶室櫓

上段広場の東側は、2016年5月は封鎖されているが、2009年は健在であった。

2009.08.02(日)撮影
唐津城模擬天守

唐津城址碑も立派。

2009.08.02(日)撮影
唐津城址碑

西門口にはプチ庭園が風流。
本丸の構造は、上下段があり、西口門は上下段の中間にあり、半帯郭のようである。

唐津城 ミニ庭園

続櫓になっている西門をくぐれば本丸上段。天守入口だ!

唐津城 天守へ

天守の入り勝手には旗竿石が置かれている。
秀吉が唐入りの際に築城した名護屋城では、各大名が自らの陣屋前にこの旗竿石を置き、軍旗や馬印をたなびかせ、たれの陣屋かを識別していたという。

2009.08.02(日)撮影
唐津城 旗竿石

唐津城は、名護屋城の廃材を多く用いたとされており、この旗竿石も「お、コレいいじゃん!」とばかりに拝借し、設置されたものなのだ。


天守に登る。
複合式望楼型五層五階地下一階の堂々たる天守は、会津若松城に似ている。
ただあちらは層塔型でもあり、別物である。欄干の赤や外観の白や窓の配置が似ているのであろう。

天守内は資料館になっている。5階建ての資料館と考えれば、おのずとその充実がわかるだろう。
唐津焼きの展示、城下のジオラマなど見所は多い。藩政時代の様子も俯瞰図などの展示が興味深い。

そして、歴代城主が夢見たであろう最上階からの眺めは、現代に建つ全国の天守の中でも特に優れている。
東は特別名勝・虹の松原松浦川の河口鏡山。筑紫富士の名を持つ浮岳も見える。
本丸上段の東側は現在石垣修復作業中。閉鎖だ。

唐津城 修繕中の本丸と虹の松原

宿泊していた、唐津第一ホテルリベールもしっかり見える。

唐津城天守から唐津第一ホテルリベール

町も一望。川と海に囲まれた、天然の要害であることがよくわかる。

唐津城天守から唐津市街

唐津城は、唐津藩初代藩主・寺沢広高が築城した。
天守は無い。天守台のみを積み上げ、幕府への遠慮が垣間見える。あるいは経済的な理由か。

慶長13(1608)年築城。今でも官位であった「志摩守」から、しまさま、と呼ばれ慕われる寺沢広高は築城はもちろんのこと、今でも佐賀県屈指の都市である唐津市の基礎を築いた人である。

かの虹の松原も寺沢広高の事業である。新田開発の防風・防砂として、あの美しい松原は作られた。

唐津城天守からヨット

世に珍しき海城といえる。
その規模にしろ、縄張りにしろ、当代一流のものだ。
平時を想定した城でもあるので、総構え。つまり城郭そのものが城下町であり、経済の中心であり、文化の発信地なのである。

唐津城天守から火力発電所方面

風光明媚な玄界灘の唐津湾に浮かぶ島々、松原沖に浮かぶヨット。唐津を見渡すこの天守は、江戸期に、ついにそびえることのなかった夢の天守を青い海に映しどこか誇らしげだ。

唐津城天守から本丸と高島

昭和41(1966)年に建てられた鉄筋コンクリートの名城は、2016年で50周年を迎えた。
近く、天守の改修工事も行うという。

2009.08.01(土)撮影
唐津城 天守から本丸

唐津は町並みも良いから、観光拠点にこの唐津城はうってつけだ。
ゆるきゃらの唐ワン君。

唐津城 唐わんくん

舞ヅルくんは今はいなかった・・・

2009.08.02(日)撮影
唐津城 舞ヅルくんと唐ワンくん

そうそう、唐津城本丸は標高43mの満島山に築かれた平山城で、今は舞鶴公園として市民の憩いの場となっている。
約4kmに渡って広がる虹の松原の先にそびえる唐津城。その様子が鶴が羽を広げたように見えることから、舞鶴城とも呼ばれるようになったという。

唐津城天守模型

腹も減り、喉も乾いた。
売店で、銘茶の唐津七山茶葉使用の「お、茶ィダー」を飲む。
しっとりお茶味のサイダーは、乾いた体に染みわたった。てか暑すぎ(29度)だろ。

唐津 お、茶ィダー

最近の歴史ブームで、年間入場者数は10万人から13万人に増えたそうだ。

本丸から唐津城天守

古代の面影も、中近世の面影も適度に残した唐津。
いいね、好きだよ唐津。またこよう!





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