13 雨降り水沢 ~水沢城とその城下~

3日目 2012.05.04(金)

東北浦賀人旅Ⅱも折り返しを迎え、恒例の参加者の不調が目立ち始め、逆にNの調子はウナギ登り始めていた。

昨夜。

岩手県奥州市は水沢という城下町にある、きくすい荘(菊翠荘)にチェックインした。
ムーディーな女将さんにクラシック(昔風)な外観内装。

りんこっこの花もびっくりの、絵に描いたような民宿旅館と言える。

岩手 りんこっこの花

ダッダッダ!!

床を蹴る凄まじい足音は、この宿の親類の子供だろうか。
GWということで、遊びに来ていたのかもしれない。
可愛らしい女の子のお出迎え・・・ではなく、遊びに夢中だったようだw

民宿 旅館 菊翠荘

意外に若い娘っ子も泊まっていたりして、存外女の園だったのかも(爆
なかなか好きな感じの宿。

きくすい荘 水沢

2012年のGWは雨また雨。
晴れたのは最初と最後だけだった。

Nはひとり、水沢の町を歩くことにした。
雨の中。朝。ひとはいない。

意外にも、水沢は城下町の風情を残す町だった。
それもそのはず。かつては「みちのくの小京都」と呼ばれ、商都として栄えていた。

武家屋敷は非公開も多いが、申し訳ないくらいの申し訳なさで、ちょっと軒先をのぞけたりもした。
こちらは幕末期の蘭学者で開国派の高野長英旧宅。
国の史跡に指定されている。

水沢 高野長英旧宅 雨

水沢は、独眼竜 伊達政宗の一門、伊達(留守)宗利以降、水沢伊達氏が1万6千石で統治していた。
奥州街道が南北を貫き、東を大船渡へ向かう盛街道、西を横手十文字へ向かう手倉街道が交わる交通の要衝だった。

武家屋敷 髙橋家
水沢 武家屋敷 髙橋家

雨が凄い。
この旅で一番凄い雨の中、他の浦賀人がねこけている中歩いている。
ポンコツカメラに雨が映りこむ程だ。

城下町・水沢

水沢武家屋敷の典型を残すとされる内田家旧宅。
それにしても、こんなにたくさん残っているとは思わなかった。

水沢 内田家旧宅

明治大正の政治家・後藤新平の旧宅も。

水沢 後藤新平旧宅

水沢城は、一国一城令の幕藩体制の元では「要害」と称する実質的な城であったが、今ではその面影はほとんど無く、町割りの雰囲気と武家屋敷が遺構としては良く残っている。
城がすっかり消えて、武家屋敷だけよく残ったのは、この水沢「城」が、あくまで要害であったという言葉の政治の副産物なのかもしれない。

三之曲輪跡には立派な姥杉が残る。
他の樹木は尽く伐採されたらしい。
関東の一個残し。意外と史跡にも通用する格言なのだ。

水沢 三之曲輪 姥杉 水沢城

雨は降りしきる。
完全に残っている町並みというわけではない。
門構えだけ、とか、外見だけ、という場合もあるけど、それでも往時をしのぶにはちょうど良い。
雨も良いのかもしれない。
歴史の中で雨も降ったろう。

水沢 八幡氏邸跡

近代が見え隠れする歴史の面影の中に、水沢の町と雨があった。

水沢 大町川

伊達でなくても粋である。

水沢 伊達氏の家紋

朝の水沢を巡り終えると、ようやっと雨も弱まってきたようだ。

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ジャンル : 旅行

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