FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

安土城跡 ~覇王の夢を追う~

Nが特別史跡 安土城跡に行ったのは、かれこれ3年前になる。
日本に数多く出た人物の中で、この城を築いた男ほど激烈な男は見当たらない。その男とは

織田信長

である。
信長の生涯は生前信長自身がこよなく愛した「敦盛(幸若舞)」の

人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻の如くなり ひとたび生を得て 滅せぬ者の有るべきか

に凝縮されていると言えるかもしれない。
信長は明智光秀や羽柴秀吉、同盟であるはずの徳川家康など、有能な部下を酷使の上に酷使し抜いたが、一番こき使ったのは恐らく自分自身であろう。

信長は幼少時に母親に疎まれ、青年期に父親に先立たれ、さらに平手政秀という傅役を慕っていたが、これも信長の奇行を戒めるために自刃(諫死)した。
家督を継いだ信長は、お家騒動に勝ち抜き、今川義元の大群を桶狭間に屠り、美濃にピストン攻撃を加え、策略をもって平定。更に近江、京と、まさに台風がいそいそと駆け抜けていくように100年に渡る戦国時代の大風呂敷を信長一手でほとんど仕舞い込んだ。

安土城は1576年(天正4年)に築城されている。
「安土」 とは、単なる地名ではなく、京の「平安楽土」に対抗して名付けられたものであろう。

安土城跡の第一印象は
「やっぱり、他の城とは違う空気を持っているな」
だった。このときの旅行で、犬山城、岐阜城、大垣城、彦根城、小谷城、長浜城、観音寺城と巡っており、他にも数々の城を散策してきたが、安土城に漂う空気は、そのどこの城とも違ったものだった。

大手道
大手道


まっすぐにのびる大手道を一歩一歩踏みしめながら歩く。
大手道の左右にはそれぞれ「伝 羽柴秀吉邸」や「伝 前田利家邸」と、家臣団の屋敷が並んでいる。
防御面で疑問視されている安土城だが、敵襲の際、この家臣団の邸宅=要塞 に籠められた兵が陸続と現れると思うと、ちょっとぞっとする。その上、まっすぐのびる坂の石階段は鉄砲の標的になりやすいのではないか。

伝 羽柴秀吉邸跡。ぱっと見でも邸宅を兼ねた立派な要塞とわかる
627 伝 羽柴秀吉邸跡2

安土城の説明看板にあった羽柴秀吉邸の復元予想図。上下二段の郭からなる
羽柴秀吉邸復元図


摠見寺の先で大手道は左に急旋回する。
城の種類としては、低めの山を城塞化した「平山城」であるが、登っての実感は
「おもったよりキツいな」
だった。平山城として、その規模はかなりのものである。

曇だったのが残念だが、かなりの眺望。左側が摠見寺の寺域
大手道の眺望


今度はうねった石階段を登る。やはり途中途中に郭がある。
織田信忠邸と伝わる郭は森蘭丸邸より低い場所にあるが、これはちょっと信じられない。信長の寵臣だったとはいえ、信長の嫡男であり、織田家の正統な後継者がそのような扱い(つまり一家臣程度の地位)だったとは考えにくいが、所詮は素人考えなのだろうか(汗)

うねった大手道。杖をつきながら登るのがオツ
うねった大手道

森蘭丸、織田信澄邸址をすぎると、やがて黒金(くろがね)門に到る。本能寺の変で信長が倒れた後、安土城の建物は全て焼失したが、石垣は400年前の当時のまま現存している。

黒金門跡。ここから石垣の石は大きくなる
黒金門跡

更に少し登ると、昭和の登山道整備の時に発見された仏足石が置かれている。この時代は信長だけに限らず、石垣の石材を節約するために、しばしばこうしたものが仏閣などから徴発されたようだ。大手道の石段にも幾つか石仏が確認できる。現代に生きる筆者も、これら石仏を踏んだりするのは仏罰下るのではないかと畏れを抱いてしまう。

信長は安土城を神の住む城と位置付けて考えていたようで、近年の研究成果から、信長自身が全ての神の頂点に君臨するイメージで安土城の天主閣が作られたことがわかってきたらしい。

仏足石

その理念を具現化した天主閣も今はその礎石を残すのみ。

織田信雄公四代供養塔、仏足石と進むと、やがて二の丸、織田信長本廟、更に千畳敷と言われた本丸跡に到達する。黒金門あたりから先はうっそうと木々が繁っており、古城の威容が感じられる。そして、まさに夢の跡といった趣の本丸の先が、天主閣跡である。

ほとんどの城では「天守閣」と書くが、安土城では「天主閣」となっている。まさに信長の理念を現した、「天の主の閣」なのである。

天主閣礎石

そこに立つと、思ったより狭いのかなという印象を持つ。しかし実際は、天主台自体は現代では上部の石垣の崩壊が大きく、その全貌がわからないが、当時はなんと今の二倍ほどの大きさがあったという。そう考えれば、やっと七重(地下一階)天主閣の雄大さが少しだけ想像できてきた。

今は干拓事業ですっかり琵琶湖面が遠のいているが、築城時は琵琶湖に面しており、まさに水陸の要衝に史上初の天主閣がそびえていたのである。

天守閣からの眺望は今でも素晴らしい・・・はずなのだが、あいにくの曇で(汗
天守台からの眺望

帰りは百々橋口から降りる。こちらは城内を訪れる多くの人が通った道で、城下町から続いている。元々、摠見寺はこの百々橋口にあったが、江戸時代末期に焼失したため、大手道の伝 徳川家康邸跡に寺域を移した。

摠見寺は信長が創建した本格的な寺院である。当時は近江国各地から移築した伽藍が立ち並ぶ寺院で、中世の密教寺院特有のものだったという。

重要文化財の二王門。他に三重塔が重文指定されている
二王門


安土城は面白い!初めて行ってからすでに3年の歳月が流れたが、天気のよい日にもう一度じっくり時間をかけて巡ってみたい。しばらくぶりに自分で撮影したヘタクソな写真を見つつ、記憶を手繰りながらのブログになったが、書けば書くほど新たな疑問が湧いてきて、我ながら物足りない内容になってしまった・・・


安土城跡地図



   にほんブログ村 旅行ブログ 国内旅行へ   

関連記事

テーマ : 城めぐり
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

はじめまして

色付きの文字初めて読ませていただきました^^とても面白いですねv-218
今後も楽しみにしていますv-22

こんばんは!

こゆきさん♪
初コメント嬉しいですv-237
素人なもんで、なかなか頻繁にアップできないかも知れないですが、いつでも遊びに来て下さいねv-273

No title

ブログ開設、おめでとうございます。
安土城はいまだ行ってませんが、いつか廻ってみたい
城です。
来年も機会があったらお願いします。

Re: No title

水徹さん
来てくれてありがとうございます♪
向こうでは内輪の仲間が増えて歴史系が何となく書きにくくなったので、こっちで好き勝手やることにしました汗
安土城は、本当に不思議な感覚になれる場所です!また行って見たいと思える城でしたね。
そうですね!借りっぱなしの本も返さなくては。。。
プロフィール

ぬたーむ

Author:ぬたーむ

日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
かもしれない☆
ブログはつれづれ、旅はガチ、歴史はぼちぼち
そんな毎日でありたいなw

★旅行ガイド専門サイト★
『LINEトラベルjp』『itta』
に記事を寄稿してます☆
『LINEトラベルjp』ではポイントを絞ってご紹介!
『itta』ではドタバタ道中も一緒くたの旅栞!
ぜひ見に来てね!

あとツイッターも…
『旅景より』


ぜひitteね(*´з`)

旅行メディア「itta」



カウンター


総記事数:

ランキング
最新コメント
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
もろもろ!
あの旅この旅
旅日記の一覧
カテゴリ & ブログ内検索
カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
全ての記事を一気読み☆

※全記事一覧※

QRコード
QR
RSSリンクの表示
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。