14 福岡篇④ 光雲神社

友人結婚式便乗旅
福岡城の桜を目指しつつ、昨秋の博多出張を回想する体で黒田官兵衛と長政を祀る光雲神社のことを書く。

地下鉄を大濠公園で下車し、西公園入口を大濠公園の反対側に歩いていけば、西公園。そこに光雲神社がある。

光雲神社参道

2014.09.26(金)早朝。
筑前福岡藩祖・黒田如水と初代藩主・黒田長政。
大河ドラマでついに官兵衛が主役を張ったのだ。

わかりにくいが、軍師 官兵衛には名前がいくつもあって紛らわしい。
如水・官兵衛・孝高・勘解由次官(かげゆのすけ)・シメオン。どれもクロカン殿のことである。

光雲神社 軍師官兵衛

如水入道官兵衛は、その法名が龍光院殿如水円清であった。
その嫡男・長政は興雲院殿古心道卜であり、そこから光と雲をとって、光雲神社(てるも神社)となった。

光雲神社 鳥居

江戸期に光雲神社は創建されたが、もとは福岡城内に祀られていた。
そもそも西公園は荒戸山という小山で、徳川家康を祀る東照宮があった。

光雲神社 社殿

東照宮は江戸期に多くの藩で祀り上げたが、徳川幕府が終わると、福岡藩は東照宮跡に光雲神社を遷した。

光雲神社 朝日

栄枯盛衰を物語る遷座劇だが、それほど、藩祖官兵衛と初代藩主長政の威光は続いていたのであろう。
よく、博多と福岡は別だと言われるし、言われてみれば水と油のようだとも思うが、その水と油を上手く棲み分けたのは、やはり黒田の力といえよう。

そうなってくると、黒田氏そのものの世渡りのノウハウまで語りたいのだが、長くなりすぎるのでこの辺りで収めることにしたい。


境内には黒田の草創期を支えた母里太兵衛の像がある。
酒は飲め飲め飲むならば、の、日本号という日の本一の槍を福島正則からぶんどったのが、この母里但馬守太兵衛友信である。

光雲神社 母里但馬守太兵衛友信像

他にも、長政が愛用した水牛兜の像もある。
水牛脇立て桃形兜というやつですな。

光雲神社 水牛の兜像

長政で有名な兜といえば
銀箔押一の谷形兜(ぎんぱくおしいちのたになりかぶと)
正面から風が来たら絶対首がやられそうなあれだ。

黒田家はユニークな兜が好きなようで
銀白檀塗合子形兜(ぎんびゃくだんぬりごうすなりかぶと)
官兵衛がかぶったのは、お椀をひっくり返した形の兜。

個人的には牢獄にぶち込まれて禿げちゃった後の、肖像画でよく見る茶色の頭巾姿が好きだけどな(*´ω`)

出張で来ているのに朝から好きな官兵衛の神社めぐってテンションが上がった昨秋のおもひででした。
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