東海道五十三次 8 藤沢宿~平塚宿

 平塚宿(七番目の宿場)への道

 2011年6月9日(木)9:45 曇のち晴 通算4日目

 休暇を取ったこの日、首尾よく晴の天気予報だったので、相模国は湘南の藤沢から、13.7km先の平塚までの街道をゆく!

 藤沢宿はJR藤沢駅からちょっと歩く。
 以前だったらこの十数分で嫌になっちゃうような軟弱ウォーカーだったけど、最近はかなり長距離歩行にも慣れてきた様で、前回(6月5日(日))は歩いたあと、足にマメができなかった。

「紙」の看板のある家屋

 藤沢宿はあまり東海道の名残がないが、源義経の首を洗ったと伝わる井戸がある。

伝 源義経首洗井戸 10:00
伝 源義経首洗井戸
 
 井戸のいわれは奥州(東北)で討たれた義経の首が鎌倉に送られた後、片瀬の浜に捨てられたが、藤沢の境川をさかのぼって漂着したのを里人が拾って洗ったというものだ。
 義経は実は難を逃れ、蝦夷(北海道)に逃げ延びたとか、大陸に渡りチンギス・ハンになったとか、そういった逸話が多い。

石碑には「九郎判官源義経公之首塚」と刻まれている
九郎判官源義経公之首塚

 今でも、判官びいき と言って、武運つたなく敗退した方に愛着を抱く人も多いが、敗者の気持ちを汲んで、というより過剰なまでに感情移入をしてしまうのは、古くからの日本人の鎮魂の思想に端を発する美徳とも言え、他国にはあまりない感傷である。

 藤沢宿を出て、しばらく歩くと、頬におしろいが塗ってある、なんともかわいらしい地蔵さんがいた。

「おしゃれ地蔵」 10:20
おしゃれ地蔵


 おしゃれ地蔵
と言うらしく、説明看板には女性の願を何でも叶えてくれて、実際に願が叶ったらお礼にお地蔵さんの頬におしろいを塗ってあげるというものらしい。

 こういう伝承が現代にも残っていて、しかもちゃんとおしろいが塗られてあるのは面白いなぁ、と思う。それに、口紅やクリームまでお供えされている。
 日本の歴史はまさに
「生きている」
そんなことを実感する瞬間だ。

 その後しばらく旧道を歩く。ここでちょっと寄り道中をば!

 いったん東海道を逸れ、新藤沢バイパスあたりから北へ向かうこと20数分。

大庭城跡(クリックで大庭城跡へ!)

に立ち寄る。

 城があったら寄りたくなる。これ、筆者の習性なり。
 大庭城は平安末期に出来た古い城郭だが、今では桜の名所であり、平日はとても長閑な公園であった。

 大庭城を出ると、道に迷った。。。
 大体あってるはず・・・と思いつつ新興住宅らしき街中を歩くこと30分…
 大きなトンネルを抜けると、ようやく東海道に合流できた。距離的には、大庭城は+5、6kmぐらい余分に歩く羽目になった。ちょっと無謀だったかな(汗)

 大きなトンネル=大庭トンネルのすぐ先、JR辻堂駅の100m程北を東海道が走っていて、ちょうど一里塚跡がある。

12:08
辻堂の一里塚跡

そこから程なく茅ヶ崎市に入る。

茅ヶ崎市にin! 12:16
茅ヶ崎市!

 道はしばらく国道1号線だ。

 茅ヶ崎市に入った頃には、もうすでにお昼時。お腹もいい具合に空いてきたが、近くにご飯屋さんもあまりないようなので、セブンイレブンで今流行の「JIN~仁~」のお弁当や安道奈津を買ってみた。

橘家のお弁当

 座って一休みできるような公園なんかもないので、道の横の松の木陰でムシャムシャ☆

 
安道名津

 気がつけば日差しもすっかり夏模様で、薄曇りがちだけど紫外線に刺された顔や腕がほんのり赤くなっている。

 12:30
お弁当を食べた松の木

 昔の人も、こんな感じで道中弁当を喰らってたのかなぁ?なんて思いつつまた歩き出すと、すぐそこに明治天皇御小休所跡の碑が!!

御小休所跡の碑

 なんと、今まで弁当食べてたのと、ほとんど同じ場所で明治天皇も休憩をしていたらしい。
 なんとなくテンションが上がった♪

茅ヶ崎の松並木

 東海道の趣を残した松並木の国道1号を歩く。
かつては延々とこんな松並木の道を歩いていたのか、と感慨に浸る。

 ・・・草鞋の音がざっざっと静かに鳴り、道端の紫陽花を見ながら蓑傘一手に小雨を引き受け、濡れて歩く人。往来には茶屋が立ち並び、雨の日よりで道ゆく人もまばらに、先を急ぐ…今日は晴だけどっ

 茅ヶ崎の一里塚跡は結構立派に残されている。本来は道の両側に設置されていた物であるが、現代では片方残っているだけでも珍しいのだ。

茅ヶ崎一里塚

 一里塚を過ぎると、20数分は何の変哲もない国道をまっすぐ。
 それにしても、茅ヶ崎と言ったら海沿いのモーテルの並ぶギラギラ太陽のイメージ(完全にサザンねw)だけど、旧東海道の国道1号はそんな影はなく、真っ当(爆)

茅ヶ崎の国道1号

 やがて、南湖(なんご)という場所になる。

南湖の左富士之碑 13:46
南湖の左富士之碑

 ここは、
「南湖の左富士」
といって、東海道でも珍しい、向って左側に富士山が見える名所なのだ。
が、あいにくガスってしまって富士山は見えない。残念orz

左富士のオブジェ

 かつては松原越しに富士山が見えたようだ。
付近には、南湖左富士石碑や、橋には左富士をモチーフにしたオブジェが取り付けられていた。

海道一でかまん

 海道一でかまん
という饅頭屋の先、国指定史跡の旧相模川橋脚という、大昔に掛かっていた橋脚の遺跡がある。説明看板も豊富で、付近はちょっとした史跡公園になっている。

13:55
国史跡 旧相模川橋脚

 この橋脚は、大正の関東大震災の液状化現象で水田から出現した物らしい。
 ただ、この橋脚は相模川でなく、小出川に架かっていたものらしい。
小出川

 相模川はその先1km強。さすがに雄大な川だ!!

14:25
相模川 東海道本線

 江戸時代は舟での往来だったようだが、今では橋が架かっている。
 相模川を渡り、河川敷に降りて一休み。

相模川 来た方を撮る

 藤沢から12kmぐらいだろうか。さすがに疲労感が漂っている。。。

「この川の流れ出た相模湾の向こうは遥かなる海・・・」

「太平洋だ!」
相模川 どーん!
どーん!!

 と自己陶酔したところで、再び歩き始めた。
 馬入一里塚をすぎると、平塚宿は目の前。JR平塚駅の少し先である。

馬入一里塚

 平塚の駅はかなり規模が大きくて、商店街も色々お店があって賑やかだ!

平塚の商店街

 紅谷町には、番町皿屋敷で有名なお菊塚がある。この伝承には諸説あるが、
「自らの不注意で主人愛用の皿を割ってしまい、主人の怒りを買い、両腕を切り落とされた上、屋敷内の井戸に投げ込まれて殺されてしまった」
というのが最もポピュラーな挿話なのではなかろうか。

紅谷町公園のお菊塚
お菊塚

 現代になって区画整理事業でこの塚を移動しようとした際、不吉なことが多発したため、この公園内の片隅に塚を残したら、工事が進んだというエピソードも残っている。

 ガリガリ君のレモンスカッシュ味をなめつつ、背筋に悪寒を感じながら少し歩けば、平塚宿の入口、江戸見附である。

一角が整備されている平塚宿江戸見附跡 15:45
平塚宿江戸見附跡


つづく


※藤沢~平塚MEMO※
◎参考地図
藤沢宿
藤沢~平塚への道のり
平塚宿

◎歩行距離:13.7km

◎時間:9:45~:15:45 6時間00分

◎会計
・交通費(行き)JR¥400
・食べ物 昼食 セブンイレブン 橘家のお弁当¥450 安道名津¥120
     ガリガリ君レモンスカッシュ味¥62
・飲み物 麦茶¥98

・小計 ¥1130-



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