35 音戸ノ瀬戸1 清盛塚

江田島を抜け出した一行は、行きに見つからずスルーしてしまった清盛塚や、その偉業を讃える音戸ノ瀬戸公園に立ち寄った。


音戸瀬戸の倉橋島側・広島銀行(ひろぎん)のそばに清盛塚はあった。

なかなか見つけられなかったのは、平清盛ほどの人物にしては、あまりにもスケールの小さな遺跡だからであろう。

音戸ノ瀬戸 清盛塚

清盛塚は海水の侵食が進み、歩いていくことができなくなっているため、正面に設けられた粗末な展望デッキから拝むことになる。

中央の宝筐印塔は2m程もあるようだが、見た感じではもっとこぢんまりとした印象だった。

清盛塚

音戸瀬戸には昭和36(1961)年に開通した音戸大橋が架けられており、呉と江田島を道路で結ぶ重要な橋であったが交通量が多く、つい先日、平成25(2013)年3月27日に第二音戸大橋が開通した。

今回、行きは第二音戸大橋、帰りは音戸大橋と、両方で音戸瀬戸の景観を楽しむことができた♪

写真手前が音戸大橋、奥が第二音戸大橋だ。
橋が真っ赤なのは、あの厳島神社の大鳥居の色に倣ったためだという。

清盛塚と音戸大橋

そうそう(汗)
肝心の清盛塚だが、その由来は平清盛が音戸瀬戸を切り開いたという伝説に基づいている。

当時のしきたりでは、大工事を行う際には人柱が用いられるなどしていたが、清盛は人柱の代わりに一字一石の経石を海底に沈め、難工事を成功させたと言われている。

清盛塚は元暦元(1184)年に建立されたと伝えらる。
境内のクロマツは、何度か枯死して植え変えられたりしたが、幼木が育ち、現在まで清盛松として親しまれている。


清盛塚から道路を隔て、音戸支所には「音戸の舟唄碑」があった。

音戸の舟唄碑

舟歌は日本三大舟歌と知られ、6番まであるようだ。
全部の歌詞は割愛するが、最後の6番をここに掲載する。。。

ヤーレ ここは音戸の瀬戸 清盛塚のヨー
岩に渦潮 ドーンと ヤーレノーエ ぶち当るヨー




関連記事

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ぬたーむ

Author:ぬたーむ

日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
かもしれない☆
ブログはつれづれ、旅はガチ、歴史はぼちぼち
そんな毎日でありたいなw

★旅行ガイド専門サイト★
『たびねす』『itta』
に記事を寄稿してます☆
『たびねす』ではポイントを絞ってご紹介!
『itta』ではドタバタ道中も一緒くたの旅栞!
ぜひ見に来てね!

あとツイッターも…
『旅景より』


ぜひitteね(*´з`)

旅行メディア「itta」



カウンター


総記事数:

ランキング
最新コメント
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
もろもろ!
旅の記憶
旅日記や城巡りなどの一覧
カテゴリ & ブログ内検索
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
全ての記事を一気読み☆

※全記事一覧※

QRコード
QR
RSSリンクの表示