26 古代神殿 出雲大社の謎!!

「雲太・和二・京三」という言葉がある。

これは、日本の三大建築の覚え方を「口遊(くちずさみ)」で表したもので、十世紀頃の子供の教育書といえる「口遊」という書物に出てくる。

今でも平安京を794(鳴くよ)ウグイス平安京などと語呂合わせで覚えるのと似たようなものだ。

「雲太・和二・京三」
とは
「出雲太郎、大和二郎、京三郎」
の略語であり、それぞれ
「出雲大社・東大寺大仏殿・京都御所」
を示している。

これは、実はとんでもない事だ。
出雲大社に祀られている神様は、大国主命(オオクニヌシ)という神様だ。

日本の神様で、一番格が高いのは、言うまでもなく天照大神(アマテラス)であり、その子孫は現代にも連綿と受け継がれている皇室、天皇の家系である。

古代において、国を統治している皇帝、あるいは帝王でもかまわないが、とにかく国の統治者は一番巨大で神聖な神殿に住んでいると相場は決まっている。

また、宗教施設としても、バチカンにあるサンピエトロ寺院は唯一無二の荘厳な大宗教施設であって、他の神を祀った施設など存在しようがない。

オオクニヌシという、言わば負け組の地方神(ごめんなさい・・・)が、日本で一番大きな神殿に祀られているのだ。
アマテラスでもなく、釈迦でもキリストでもなく。だ。

2000年に発見された古代神殿心御跡地
必見!神話の形跡

オオクニヌシは、「国譲り」の逸話で知られている。
出雲大社のすぐ近くの稲佐の浜でアマテラスに国を譲ったという神話だ。

これも他の国ではなかなか無い話で、敵は完全に滅ぼして、神話や歴史書にも「悪を葬った」と正当化するのが普通なのだが、日本の神話、歴史書・・・古事記や日本書紀では国譲りが行われたとなっている。

「そんなの嘘だ。無理矢理に奪い取ったのを正当化しただけだ」
そうかもしれない、が、正当化の仕方に不思議があるのだ。
悪を懲らしめたのではなく、譲ってもらったんだ。
だからアマテラスの家系は日本統治の正当性があるんだ。と。


ここに、不思議な符合がある。
聖徳太子は十七条憲法で、
「一に曰く、和を以て貴しとし・・・二に曰く、篤く三宝を敬え・・・三に曰く、詔を承りては必ず謹め」

「和」は何事も話し合えば解決するという、今でも日本人に十二分に通用する、言わば日本人の根本原理を見事に見抜いた上での法律となっている。

「三宝」とは仏・法・僧のことで、つまり仏教を篤く敬えと説いている。

「詔」とは、天皇のお言葉、つまり天皇の言うことは必ず聞けと言っている。


偶然とは思えない。
大きさの順と、憲法の条文の順番が符合している。

これは、出雲大社が古代の日本人にとって、如何に重要な施設であったかを示しているのではないか!?

古代神殿心御柱実物大レプリカ かなり壮大な印象を受けた。
古代神殿心御柱実物大

日本史の謎そのもの。
出雲大社の不思議に少しでも迫りたいと思い、出雲大社に参拝したあと、古代出雲歴史博物館へ立ち寄った。

古代出雲歴史博物館

そこには、出雲大社の古代の神殿の復元案の模型があった。

出雲大社神殿復元案

Nが思うのは、「日本人は無宗教だ」
と言われるが、それは大きな誤解で、日本人ほど信仰心の篤い民族はそうそういないと思う。

いつの頃からか、日本人は徹底して宗教音痴になってしまった。

N自身、最近自分の家の宗派が浄土宗であったことを知ったくらいで、浄土宗がどのような信仰形態を持っているのかも詳しくはわからないし、そこまで真剣に知ろうとも思わない。

でも、でもだ。
正月には必ず初詣に行くし、大切な人が亡くなればお葬式を出す。
それに、あの東日本大震災の時だ。

圧倒的な自然の破壊力、すべてを流し尽くす津波の映像を見ながら、Nは祈らずにはいられなかった。

祈った神様は、天照大神でも大国主命でもなかったし、当然に仏様でもゴッドでも、ご先祖様でもなかった。
それは、人間を凌駕する圧倒的な「力」への、鎮魂の祈りではなかったか?

よくわからない。
誰に何を祈っているのかわからないのに、でも祈っていた。

西行法師は伊勢神宮に参拝した時に
「なにごとの おはしますかは 知らねども 忝なさに 涙こぼるる」
と詠んだ。

なんかよくわからないけど、ありがたい感じがする。
なんかよくわからないけど、祈らずにはいられない。

中世から日本人の宗教感覚はこんな感じだったのかもしれない。

他の国の宗教への情熱を見れば、その凄まじさがわかる。
例えば、イスラム教の過激派やキリスト教の十字軍などを見ればわかるし、日本でも戦国時代ぐらいまでは僧兵と言ってお坊さんも武装していたし、一向宗は加賀百万石の土地を守護から奪い取って「百姓の持ちたる国」と言われる宗教独立国を作ってしまった。

東大寺大仏殿も、法隆寺も、もちろん出雲大社も立派な宗教施設なのだ。


復元案は左から小さい順に並べられていたが、左から三つぐらいは大分小さい。
ちょっと学者さんには失礼になってしまうが、はっきり言って、違うと思う。

そんなちゃっちいわけなくね??


そんなチンケな神殿を作っておいて「雲太」などとはおこがましいのだ。
なぜ雲太なのか?

それは、古代出雲大社が、日本人にとって、アマテラスよりも大仏よりも重要な宗教施設だったからにほかならない。

壮大な出雲大社の神殿

国を奪われて憤死したオオクニヌシの怨霊を鎮めるため
国譲りをしたオオクニヌシを讃えて祀るため

諸説あるが、いずれにしても、古代の日本人はオオクニヌシを最大に重要視し、天に続くような壮大な神殿を造ったのだ。

青銅の剣
青銅の剣

ちなみに、織田信長が築いた幻の名城・安土城ですら、大工さんの自主規制なのか、出雲大社の伝承の大きさよりも少しだけ小さかったようだ。

銅鐸
出雲の銅鐸

古代出雲の民族は精銅の技術があり、おびただしい数の銅剣や銅鐸が出土したが、大和朝廷(の原型の政権)には適わなかったようだ。

卑弥呼の鏡か
卑弥呼の鏡か

縁結び神社としての出雲大社
古代日本史の歴史を紡ぐ可能性のある出雲大社

出雲の風景は、それは荘厳で、まさに「神々の住む土地」との形容がピッタリな場所であった。

日本史には謎が多い。
だが、それは元々は謎なんかではなく、当たり前だったことが、いつの頃からか自分たちですら忘れてしまった。ただそれだけのことなのかもしれない。

心を閉ざしてしまった歴史を、いつの日か思い出せるときが来るのであろうか・・・
旅は、いく先々でその可能性を垣間見させてくれる魔力のようなものを持っている。


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