東海道五十三次 25 興津宿~江尻宿

9日目 2011.09.06(火)11:50 曇のち晴

興津宿から18番目の宿場・江尻宿を目指す。
その距離4.1km。

興津宿からはしばらく直進で、静清バイパスのあたりで左折し旧道へ、そのすぐ先でまた旧国道1号へ復する。

庵原川を渡ると、また暫く直進。

12:15
庵原川

細井の松原は約360mの道に206本の松が立ち並んだ東海道の松並木道で、「松原せんべい」というまんまな名前の煎餅を売った茶店があったという。

松原は大東亜戦争(太平洋戦争)の時、航空機燃料を絞り出すため、松根油の原料として伐採されたので今は無い。

松原伐採の際、多数の人骨が出た。
ここの近辺で倒れた人々を葬ったものであるとされる。
町内の人々は人骨を寺に葬り弔って、ここに「無縁さんの碑」を立てた。

12:30
細井の松原

細井の松原で国道に別れを告げる。

しばらく歩くと江尻一里塚跡。
今は跡形もないが、説明看板だけが往時を懐かしんでいる。

12:40
江尻一里塚跡

その先に東木戸跡がある。
道は直角に折れ、宿場が見通せないように工夫されている。

江尻宿 東木戸跡

「く」の字に曲がった先が宿場の中心部で、今は商店街になっている。
このあたりは実は痛い思い出があるのだが、今では懐かしむ事ができる。

今の悩みもいつかは懐かしむ事ができるのかなぁ。
今回の東海道歩きでは、結局そのことの思案に暮れる時間に終始した。

12:53字
清水市 江尻宿

江尻城はほとんど原型をとどめていなかった。
城跡の手前で左に折れ、巴川を渡る。

稚児橋の河童

稚児橋は江戸初期に徳川家康によって架けられた。
地元の老夫婦を特に選定し「わたりぞめ」をしようとすると、川の中からおかっぱ頭の稚児が現れ、府中方面に消えたという伝説がある。

それで、橋の四隅には河童の像があり、橋の途中にはレリーフもあるのだ。

稚児橋

子供が先に渡っちゃったんだなぁ(^_^;)
そんなことを思いながら、江尻宿は西木戸を経て、府中へと向かうのであった。

13:17
江尻宿西木戸跡

江尻の名は、今では地名として残るだけだ。
清水といえば、海道一の大親分・清水次郎長や、みんな大好き「ちびまる子ちゃん」で一躍その名を全国に轟かせた。



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