生まれてくる子供たちのために

2011年3月11日。
その日も同じ毎日が続くはずだった。

虫の知らせというほどでもないが、その日のその瞬間までにいつもと変わった事といったら、朝起きたときの耳鳴りと、後輩が会社を辞めたということくらいだった。

工場の地震探知のカウントダウンが始まって、長い数十秒の間隔があった。
揺れはカウントダウンが「0」になる前までに始まっていた。


東日本大震災


私は横浜の工業地帯にいた。
その揺れの感じからして、なんとなく東北で大きな地震があったんだと思った。

しばらくケイタイはネットも繋がらなかったが、避難した工場のグラウンドでようやく東北の震度が7に達していたことを知った。

今日ほどではなかったけど、暖かい日だった。
グラウンドから工場へ戻ると、また強い揺れがあり、またグラウンドへ避難。

帰宅命令が出た。
社食に立ち寄ってテレビを見ると、ちょうど名取市に津波が押し寄せてきている映像がライブで流れていた。



去年の初夏。
初めて津波の被害にあった被災地を訪ねた。

何もなくなったわけじゃないのに、何もなくなってしまった町。
言葉なんて、なかった。

ただただ、ひたすら悲しいだけだった。

何もない白い町。
学校の校庭に積まれた瓦礫。


なんでこんなことに


あれから、震災から、2年。
私たちは変わったのだろう。

どう変わったんだろう。
強くなったのか。
弱くなったのか。


そして、でも、日常が戻ったような気になっている。


テレビで被災地の今を伝える番組は続けて欲しい。
絶対に、首根っこひっつかんででも視聴者に無理矢理でも見せていないと。


日本人全員に日常が戻ったような気になってしまう。


地震で家族を失って
津波で全部失って
原発事故で安全神話と先祖伝来の土地を失って。


震災のあと、どうやら原発がヤバい事になってると聞いて、私は信じたくなかった。
事故レベルのカテゴリーがチェルノブイリ並みとなっても、そんなわけないと信じられなかった。

それは神話だったのだ。信仰だったのだ。
今は、原発が怖くて仕方がない。

100%の安全なんて無く、万一の時のリスクがあまりに大きすぎて怖い。
国が滅びるような、そんなエネルギーを我々は使用していたのだ。

それに、放射性廃棄物はどうする?
後世の知恵に託すのか?

後世の知恵とは、今を生きている人々の努力があって、それを受けた後世の人々が意志をついで紡ぎ出すもののはずだ。

後世の知恵に任すことにして、日常を取り戻した私たちは、なんにも考えずにまた原発を動かしてゴミを出し続ける。


私には抵抗がある。


これから生まれてくる子供たちに申し訳ない。


私たちは、この世で一番汚いものを子供たちに押し付けるのだ。

私たちのご先祖様は、この国に沢山の素晴らしい遺産を残してくれた。
作物の実りが多く、自然との調和を知り、数え切れないほどの教訓を残してくれた。

私たちのご先祖様は、うまくいったことも、しくじったことも、惜しげもなく残してくれた。
私たちは今、歴史の中で醸成された先人の「知恵」を受け継ぎ、この平成の世に生きている。



生まれてくる子供たちのために、何を残せる?


私たちは。


関連記事

テーマ : いま想うこと
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ぬたーむ

Author:ぬたーむ

日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
かもしれない☆
ブログはつれづれ、旅はガチ、歴史はぼちぼち
そんな毎日でありたいなw

★旅行ガイド専門サイト★
『たびねす』『itta』
に記事を寄稿してます☆
『たびねす』ではポイントを絞ってご紹介!
『itta』ではドタバタ道中も一緒くたの旅栞!
ぜひ見に来てね!

あとツイッターも…
『旅景より』


ぜひitteね(*´з`)

旅行メディア「itta」



カウンター


総記事数:

ランキング
最新コメント
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
もろもろ!
あの旅この旅
旅日記の一覧
カテゴリ & ブログ内検索
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
全ての記事を一気読み☆

※全記事一覧※

QRコード
QR
RSSリンクの表示