東海道五十三次 19 沼津城跡 / 三枚橋城跡

8日目 2011年8月28日(日)8:10 晴

8回目の東海道はまず沼津城と三枚橋城の旧跡に寄り道中!

JR東海道本線 沼津駅 2011夏

沼津駅から徒歩5分ぐらいにある中央公園が、沼津城跡と三枚橋城跡の本丸跡である。

沼津城跡・三枚橋城跡 中央公園

戦国時代の末期、天正7(1579)年、武田信玄の子、勝頼によって三枚橋城は築城された。
その後武田家は滅亡し、関ヶ原の合戦の後、大久保忠佐が城主になった。

沼津城本丸跡

しかし、忠佐に子ができなかったため、大久保家は断絶、廃城となった。
江戸中期の安永6(1777)年、後に老中となる水野忠友に5万石の城地が与えられ、三枚橋城の北半分を利用し新たに沼津城を築城。

幕末から明治初期は沼津兵学校として使用されたが、やがて廃止され、廃城令を待つことなく城としての姿を消した。

狩野川の眺め。沼津城は別名観潮城ともいった。
狩野川

川廓通りは東海道の一端であるが、狩野川に面し、城の外郭に当たる道として形成されいた。

沼津城跡 川廓通り

平成6(1994)年には、三枚橋城としての外堀の跡が発見され、発掘調査が行われた。
その際見つかった石垣などの遺構が、町の所々にオブジェとして置かれている。

三枚橋城外堀跡

どの土地でも、たいてい遺構の少なからずは残るものだが、ここまで容赦なく破壊し尽くされた城は珍しい。
沼津は、大正の大火や戦災、戦後の防災対策としての道路の拡幅などを経て現在の姿になった。

遺構は無くなっても、沼津に住んだ人々の苦難を経て、平和な今の姿があることを忘れてはならない。
東日本大震災の復興に思いを馳せ、東海道を歩き出すのであった。



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テーマ : 東海道五拾三次
ジャンル : 旅行

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楽しみにしています

東海道五十三次の旅を楽しみにしています。

というのも、拙宅は東海道唯一の海路(宮~桑名)である

「宮の渡し」のすぐ近くにあるので、さてこの地域が

どのように紹介されるものか興味深々だからです。

このエリアには、熱田神宮・信長塀・断夫山古墳・源頼朝誕生地など

多くの歴史遺産が集中しています。

乞うご期待?

宮の渡しのすぐ近くですか!!
では、ひょっとしたら目の前を通ったりしたのかもしれませんね!

実際は2012年に東海道は踏破してまして、ブログがまるっきり追いつかない状況です(涙)
他の旅行記と平行しつつぼちぼち進めていこうと思いますw

宮の渡しは桑名以降が「終盤戦」と勝手に想定していた私にとってなかなか印象深い宿場でありました♪
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