21 津山城跡 ~山陰山陽父子旅~

岡山県は美作国、津山へやってきた時には、すでに18時を過ぎていた。

現在、鶴山(かくざん)公園となっている津山城跡は、室町時代に美作国の守護大名・山名氏が築城し、鶴山城と称したのが初めである。

津山城跡(鶴山公園)

応仁の乱で山名氏が衰退すると、しばらく廃城となる。
関ヶ原の役の後、本能寺の変で織田信長とともに討死した森蘭丸の弟、森忠政が18万6千石で入封。

鶴山を津山と改め、13年の歳月を費やして現在に残る津山城の姿になった。

森忠政公像

冠木門跡に入城ゲートがあり、入城料300円を払う。
残念ながら備中櫓は閉められてしまっていたが、せめて公園内だけでも見られるギリギリの時間だったので、ほっと胸をなでおろすのであった。

津山城 冠木門跡

国指定史跡・日本100名城に選定されているだけあって、遺構が素晴らしく、特に石垣をメインに据えた壮麗で壮大な城郭の名残を楽しむことができる。

津山城 打込接の石垣

平成17(2005)年に復元された備中櫓。
鶴山公園は桜の名所として有名で、この真新しい櫓と桜が織り成す風景は、今は夏なので想像するしかないが、きっと素晴らしい景観であろう。

津山城 備中櫓

高石垣はそこここで見られる。
石積みは打込接。

津山城の高石垣

津山盆地に小さく突き出た小山に城は築かれている。
宮川の向こう側の町並。

津山の町並み

こんな狭い道どうして作ったんだろう?
二の丸と本丸の間の段の隅っこにあった。

津山城 石垣の合間を縫う

備中櫓を本丸から。
やっぱり閉まっている( ;∀;)

内側よりの備中櫓

天守台。
明治の廃城令により、4層5階の層塔型天守は撤去された。

昭和11(1936)年に地方博開催に伴い模擬天守が建てられたが、昭和20(1945)年に空襲の目標になるという理由で解体された。

津山城 天守台1

模擬天守は「はりぼて」と呼ばれていたらしい。

津山城 天守台2

天守台からの津山の町並。
町の中にも史跡の見所があるみたいだったが、今回はそこまで行けなかった。

天守台から津山

津山は駆け足になってしまった(汗)
今夜は松江に宿泊。
130kmぐらい。2時間ぐらいかかって、多分20:30すぎに着くんだろうな。

米子道 蒜山高原SA

米子道、蒜山高原SAに立ち寄って、岡山にサヨナラ(ヾ(´・ω・`)
再びの島根県は豪雨の松江に至るのでありました。



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