8 津和野城と城下町 ~山陰の小京都~

津和野は山陰の小京都として名を馳せている。

地名は、ツワブキという、キク科の植物が生えている
「ツワブキの野」
であったことが由来である。

山陰本線 津和野駅すぐの町営駐車場に車を停め、いざ津和野散策!
駅前にはD51形蒸気機関車「デゴイチ」が保存されていた。

SL 津和野のデゴイチ

津和野駅。
静かです。

JR山陰本線 津和野駅

駅からすぐ、本町通りに入る。
本町はかつての商人町。
白壁土蔵と独特な赤茶色の石州瓦が素敵だ!

本町通りの酒造

殿町に入ると、まさに別世界!
なまこ壁の白壁と掘割がつづく。

津和野の白壁と掘割

津和野カトリック教会。
こういう和な町にもキリスト教の教会が溶け合っている。
内部はステンドグラスが鮮やかな、なんと畳敷きで、外部は石造りの和洋折衷な教会なのだ。

津和野カトリック教会

大きく色鮮やかな鯉が狭い掘割にたくさん泳いでいた。
史跡と鯉の町
とも言われているほど、津和野は鯉が名物なのだ。

津和野の鯉は、掘割(側溝)に大量発生する蚊の対策として、坂崎出羽守が放したことから始まったとされる。

津和野殿町の白壁と掘割の鯉

鷺舞(さぎまい)
とは、国指定の重要無形民俗文化財で京より山口を経由して天分11(1542)年津和野城主第11代吉見正頼が五穀豊穣、災厄防除のため移したとこに始まった神事舞。
かなり独特な鷺の烏帽子(?)を被っている。

鷺舞

津和野川を越え、しばらく歩くと津和野城の馬場先櫓がある。
もう少し歩けば津和野城へ登れるリフトだが、一旦引き返して昼ご飯にした。

津和野城馬場先櫓

昼ご飯は、津和野の名物として「うずめ飯」が著名だが、鰻に惹かれて駅からすぐの本町入口近くにある、民宿もやっているお食事処 みやけ
で、鰻とろろ重を食べてみた。この模様は次項にて♪


鰻とろろ重に満足した父子は、車を走らせ再度津和野城へ向かう。
津和野城へは観光リフトで登ることができる。

リフトで津和野城跡へ♪

日本を代表する山城。しかも真夏。リフトがあって重宝です。
リフトの上からは津和野の街が見渡せる。
石州瓦の赤い屋根の家々が軒を連ねているのがわかる。

津和野の石州瓦の赤い屋根

リフトで大分登ったとは言え、そこから更に自力で数分歩くことになる。

津和野城跡は山登り!

中世(吉見氏時代)の堀切。
津和野城は鎌倉時代に吉見氏が築いた、小規模な曲輪を連ねた典型的な中世山城であった。
吉見氏は戦国後期まで続いたが、関ヶ原合戦で敗軍になり退去。
坂崎出羽守が入部する。

中世(吉見氏時代)堀切

所々に石州瓦と思しき瓦が落ちている。

石州瓦の残骸

出丸に到着~!
現在残っている津和野城の石垣は、吉見氏の後に関ヶ原の行賞で津和野三万石で入城した坂崎出羽守直盛が近世山城に大改修したものである。

ただし、江戸初期の亀井氏の時代に大地震によって甚大な被害を受けたことから、大半の石垣はこの時修築したものであるとされる。

津和野城出丸石垣

坂崎出羽守と言えば、大阪夏の陣で徳川家康が豊臣家を滅ぼしたとき、家康の孫娘でり、豊臣秀頼に嫁いでいた千姫を、顔に火傷を負いながらも炎上する大坂城から救出したが、千姫にその火傷を嫌われ、拒絶されたという。

その後寡婦となった千姫を出羽守が周旋し、縁組の段取りをしたが、直前になって千姫が一目惚れした本多忠刻への再嫁が決まり、面目丸つぶれの出羽守が千姫奪還計画を企てたが失敗し、自害させられた。

千姫事件といわれるその一連の一件により、坂崎家は津和野を改易。
跡を継いで因幡国鹿野藩より亀井政矩が4万3千石で入城し津和野藩は幕末に至った。

千姫事件に関しては諸説があるが、坂崎出羽守はちょっとかわいそうな気がするな・・・


出丸。
鉄砲の出現により、出丸の防衛上の必要性が高まった。
坂崎出羽守の弟、浮田織部の普請により増築されたことから、織部丸と呼ばれることもある。

津和野城出丸

出丸からは山陰本線を走る電車とバスが丁度橋の上にいる姿を見ることができた(´∀`*)

津和野の山陰本線とバス

本丸手前の中腹に城址碑があった。
津和野城は築城当初は一本松城と呼ばれ、その後、三本松城。そして津和野城と呼ばれるようになったという。
また、「ツワブキ」の地名の由来と同様、石蕗(つわぶき)城、蕗(ろ)城、橐吾(たくご)城と呼ばれたりもする。

津和野城跡碑

東門跡近辺には、腰郭や、二の丸の苔むした石垣が見られる。
その先は、石垣などの修復中で鉄骨の仮道があった。

二の丸石垣
津和野城二の丸石垣

その先に天守台がある。
天守台の後ろのさらに高い位置に三十間台がある。

天守台の位置的にも、城下町から天守を望むことはできたのだろうか?
若干疑問ではある。

津和野城天守台

三十間台、人質郭の高石垣は山城の中でも屈指の見事さ!

津和野城の高石垣

三十間台は標高367mの山の頂上。

津和野城三十間台

人質郭と三の丸は城の南側である。
津和野城は南北に細長い構造の連郭式山城で、天守の西側に台所、馬立場がある。

津和野城人質郭と三の丸

城下町は北東にある。
本丸である三十間台からよく見渡せる。

ちょっと雨が降ってきた。
でも城が良すぎて気にならないw

三十間台から津和野の町

北側の太鼓丸へ降りてみる。
石垣はどこも野面積で、算木積も見られる。

津和野城太鼓丸へ

太鼓丸と三十間台石垣。
城郭は周りを全て石垣で囲まれている。

太鼓丸と三十間台石垣

二の丸へ降りる。
写真は途中で太鼓丸を振り返った時。

津和野城二の丸へ降りる

北側の太鼓丸から南側の三の丸へ。
人質郭の高石垣と津和野の山々が素晴らしい!!

津和野城三の丸

日本屈指の山城を堪能していると、ゴロゴロ~・・・っと不吉な音が!
雷様がかなり近くにいるようだ。

親父は太鼓丸から体力面の理由(63歳なんで)により、先にリフトへ戻っている。
俺もそろそろ下山するとしよう!

津和野は城もある赤い石州瓦の屋根も特徴的な山陰の小京都だった。

津和野街道から津和野城遠望。山頂に石垣がそびえている
津和野城跡遠望

津和野街道を経て島根県の南端、六日町ICから高速に乗って、次は広島県安芸高田は毛利氏の居城、吉田郡山城を目指すのであった!!



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