4 萩城跡と城下町 ~山陰山陽父子旅~

日本100名城 萩城に到着!!

指月駐車場に車を停め、まず隣接の萩資料館を訪ねた。
もう閉館直前で、冷房も止めてあったけど
「それでもよければ」
という事で、中を覗かせてもらい、城巡りへ!

三の丸跡の駐車場からすぐ、南門跡の枡形の所に長州藩祖、毛利輝元公の像がある。
輝元は中国地方の覇者・毛利元就の孫にあたるが、関ヶ原の役の際、石田三成が挙兵した西軍の実質上の総大将となるが、戦わずして徳川家康の東軍に負けた。

危うく存亡の危機に瀕したが、やっとの思いでそれまでの中国8ヶ国112万石から周防・長門2ヶ国36万9千石と大幅な削減で、しかも萩という、この山陰の外れにある不便な場所に押し込められる形で命脈を保った。

毛利輝元公像

長州藩には伝説がある。
毛利氏は関ヶ原での無念を忘れず、倒幕を極秘裡の国是としていた。

新年。拝賀の儀で、家老が藩主に問う。
「今年こそ徳川を討ちますか!?」
藩主は答える。
「まだまて、時期尚早である」
このやり取りが形骸化しながらも幕末まで続いたらしい。

こうした「臥薪嘗胆」、「面従腹背」の精神が幕末に烈火の如く炸裂し、維新の原動力になったことはあまりにも有名だ。
ともあれ、輝元は所領の大半を失い、萩に小城を築いた。


輝元の像のある南門跡の枡形の先が二の丸となる。

南門枡形

ここが写真などでよく見る城址碑と内堀越しの天守閣跡と指月山。
萩城は別名指月(しづき)城ともいう。

史跡 萩城跡

天守台。扇の勾配と言われる、曲線を描く石垣が美しい。
明治7(1874)年にはまだ五層五階の複合式望楼天守が残っていた。

萩城天守台

本丸は石橋を渡って入城できる。

萩城本丸へ

世界遺産を目指しているようだ。

世界遺産はちょっと難しいかな

本丸石垣の内側は、石段となっている。
この石段は雁木と言い、武者たちが一斉に石垣の上に駆け上ることができる。
萩城の雁木は、全国でも最大規模のものである。

全国最大規模の雁木(石段)

その石段を登って二の丸を望む。
二の丸まで攻めてきた兵士は、ここに立ち並んだ鉄砲隊に一斉射撃をされるのだ。

立派な石橋

天守閣のあった天守台にも登ることができる。

萩城天守閣跡

天守の礎石。
ここに天守があったことを示している。

萩城天守礎石

天守台からの眺め。
内堀は外から見たより広大な印象を受けた。

天守台からの眺め

指月山の山頂には、萩城の詰の丸がある。
萩城は平地の部分は平城だが、詰の丸は山城なのだ。

時間がなくて今回は登れなかった(;一_一)
天守台から指月山

天守から降り、本丸を散策。
花江茶亭では幕末の折、藩主や支藩主、家臣らと時勢を論じ、国事を画策したという。

花江茶亭

旧福原家書院は、元々三の丸にあった毛利藩の永代家老の書院である。
花江茶亭も同じくだが、指月公園となった萩城跡に移築されている。

旧福原家書院

本丸内にある志都岐山神社は毛利元就、隆元、輝元、敬親、元徳を5柱として、初代から12代まで萩藩歴代藩主が祀られている。明治12(1879)年、萩の有志により創建された。

志都岐山神社本殿

指月山まで登ることはできなかったけど、まだ明るいから城下町を散策してみることにした!

石橋と天守台と指月山

萩城の駐車場のすぐ向かいに
重要文化財 旧厚狭毛利家萩屋敷長屋 附 棟札1枚
がある。

きゅうあさもうりけはぎやしきながや つけたり むねふだいちまい
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋入口

旧厚狭毛利家は、毛利元就の五男元秋を始祖とする毛利氏一門で、棟札によるとこの屋敷は安政3(1856)年に建てられたとされる。

厚狭の長屋風景

長屋内には萩城の復元模型や甲冑が飾られていた。
現存する萩の武家屋敷でもっとも大きく、建築年代もはっきりしている貴重な建物である。

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋

萩の城下町は、外堀の内側の地区が堀内伝統的建造物群保存地区として、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

重要伝統的建造物群保存地区とは、市町村が定める伝統的建造物群保存地区の中で特に重要と思われる地区を国が指定するものだ。

今回は外堀の外側をメインで巡った。
保存地区だけでなく、城も城下町一帯も国指定史跡になっている。

史跡 萩城城下町碑

ベンガラの建物は旧久保田家住宅。

旧久保田家住宅

町並みは、今もなお往時の姿をとどめている。

萩の町並1

なまこ壁が美しい。
親父は真夏でも長袖だったりするw

萩の町並と親父

道の側溝には、カニが群生していた。

萩の城下に棲息するカニ

この城下が維新の志士たちを多数輩出したのだ!

萩の町並2

高杉晋作誕生地。
堀内の外とはいえ、晋作は上級武士の出である。

高杉晋作誕生地

その先には高杉晋作立志像。
夕方とはいえ真夏の暑さにも耐え、悠々と佇んでいた。

高杉晋作立志像

木戸孝允もここで生まれた。
彼もまた上級武士のエリートだが、高杉晋作と同じく、吉田松陰の影響を受け、明治維新の中心人物となっていく。

木戸孝允誕生地

外堀は城下形成以来たびたび縮小されたが、今では石垣と小さな溝のようになっていた。
ほとんどは道路になってしまったのだろう。

外堀と石垣

中の総門。
遺構はいずれも古び、それがかえって萩という町が歴史的役割を果たした誇りを感じるようであった。

中の総門

もう少し整備してあげてもいい気もしないでもなかったが。
二人は、萩の城と城下町が思っていたよりずっと風情にあふれていたことに満足し、一泊目の萩本陣へ向かうのであった。



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