35 網走監獄 ~北海道一周旅行~

日本の果ての大監獄
網走送りは地獄行き
寒風木枯らし空っ風
かあちゃん恋しや
泪も凍る
泣いてくれるなおっかさん
いつかは戻るさあなたの元へ・・・



博物館 網走監獄

その名の通り、網走監獄の歴史を今に伝える博物館だ!!

高倉健主演の映画「網走番外地」で有名になった。
網走といったら、まず監獄が思い浮かぶのはほとんどそのためだろう。映画を観た事の無い自分でさえ、いつの頃からか網走といえば監獄だ。

本当の網走刑務所は、ここに来る前に、車からチラッと見えた。
もちろん今でも網走刑務所は健在だ!!

割と大きな駐車場に車を止め、いざ大監獄☆
まず鏡橋なる橋を渡る。

鏡橋(再現構築)

鏡橋は再現構築で、囚人が収容・出所の際必ず渡る橋で
「川面に我が身を映し、襟を正し、心の垢をぬぐいおとす目的で岸に渡るように」誰言うとも無く鏡橋と呼ばれるようになった。

現在の網走刑務所でも、四代目の鏡橋が架かっているという。

その先に、博物館網走監獄の入口がある。
入場料は1050円だったけど、例のレンタカー事件の時にお詫びでもらったクーポン券を使用し、500円安く入所することができたw

入口も再現構築
博物館網走監獄入口(再現構築)

監獄に入所すると、これも再現構築の正門がある。
正門は通称赤レンガ門。
150万枚の煉瓦を焼き、大正13年に完成。

通称赤レンガ門

その赤レンガ門でお掃除をする男の名は、人呼んで
「五寸釘寅吉(ごすんくぎ とらきち)」

五寸釘寅吉

「明治の脱獄王」と称された西川寅吉は、三重、秋田、樺戸、空知など収容先の監獄で何と6回もの脱獄を試みたドラマチック・タフガイである。
なぜ五寸釘かというと、闘争中におよそ15cmの釘、すなわち五寸釘を踏み抜いたにもかかわらず、そのまま12kmも走って逃げ回ったという驚きの経歴があるためだ。

その寅吉も壮年の頃には模範囚となって赤レンガ門前の掃除係を任されたりしたという。
晩年、老齢による刑の執行停止により釈放後、囚人生活を面白おかしく語る興行をしながら全国を行脚したという。

中々おかしみのある人だったみたいだ。

網走刑務所旧庁舎(移築復原)

移築復原・登録有形文化財に指定されている旧庁舎には、「網走監獄入監証」など、ちょっとしたお土産品が置かれ、懲罰房や面会の様子を再現した人形がリアルに風景描写されていた。

面会

この掘っ立て小屋は休泊所。
受刑者は網走を離れて農作業や開削作業を行ったため、簡易な仮の宿舎が必要であった。

掘っ立て小屋。。。

それにしても
リアルぅ~(汗

リアルすぎ~~

中には突然声を出したり、動き出したりする奴もいて、あまりにシュールかつリアルで夢に出てきそう・・・

動くのもいる汗

途中から日も出たりで、暖かい日でもあったからこういう風景の長閑さは心地よかった♪

のどかな雰囲気

あ!
エゾリス!!

ひょこっと顔を出す

ひょっこり顔を出したエゾリスは、案外人を恐れず、カメラを向けてもじっとこっちを見つめて逃げずにいたが、やがて走り去っていった。

八華亭の黄葉
八華亭の黄葉

平成22年にリニューアルされた監獄歴史館は、単に監獄の歴史を文章や写真で羅列したものでなく、体験型の施設に生まれ変わったのだそうな。

監獄歴史館

囚人が生活する部屋。
まさに三畳一間。トイレが部屋内にあるのはヤダなぁ・・・

一人用

囚人の行列・・・

ん?

囚人服を着てみようのコーナーでしたw

俺だ!

移築復原・登録有形文化財の二見ヶ丘農場。

二見ヶ丘農場(移築復原)

ここでは、監獄飯が食べられる売店があるのだが、この日は休業だった。

残念ながら監獄飯はオアズケ・・・

この農園作業の建屋は、明治29年に立てられた、国内最古の木造刑務所施設らしい。

木造刑務所日本最古

監獄の歴史の中で、最初は苦役を課し、中央道路開削をはじめ、北海道開拓の礎になった。
後には更生を視野に入れたカリキュラムもでき、ニポポ人形など様々な作業を取り入れるようになった。

二見ヶ丘農場

監獄歴史館、二見ヶ丘農場ときて、更に五翼放射状平屋舎房と見所が続く。

五翼放射状平屋舎房(ごよくほうしゃじょうひらやしゃぼう・移築復原)
五翼放射状平屋舎房(移築復原)

五翼放射状平屋舎房とは、建屋の中央に設置された見張り小屋を中心に、ちょうど手の平から指が5本伸びているように、5棟の舎房が放射状に広がっていることから命名された。

五翼放射状平屋舎房2

五翼放射でょ・・・放射ぢょ・・・痛!舌噛んだ・・・
五翼放射状平屋舎房は、明治45年に立てられ、昭和59年まで使用されていた。
もちろん実際に使用されていたものがここに移築されている。

中央見張

こんなオチャメもw

五寸釘か!?

雑居房(数人の牢屋)と独居房あわせて226房もあった。
雑居房って、いじめられそうでちょっとヤダな・・・

五翼放射状平屋舎房3

五翼放さしょー平屋しょぼー(最早訂正なし)を出ると、今度は囚人達の唯一の楽しみ
お風呂!!
ここもリアルに再現されてます(アソコ部分は自分で確かめていただきたい。驚愕の真実が・・・沈黙)

浴場(再現構築)

こちらは煉瓦造りの独居房。
これは辛い・・・
中は殺風景どころか、光も入らない真っ暗闇。

ここには監獄のルール破りをするなど、規則違反の囚人を一定期間生活させる懲罰の部屋だった。

煉瓦造り独居房(移築復原)

教誨堂(きょうかいどう)は宗教施設。
構内には祭壇が設けられ、受刑者達は更生への道をここで模索した。
戦後は、軽スポーツや演劇、映画会が催されていた。

教誨堂(移築復原)

網走刑務所のことかはわからないが、金八先生で有名な武田鉄矢が、刑務所でリサイタルを開いたことがあって、ビビりながら歌ったけど受刑者達は「母に捧げるバラード」にいたく感動し、最後は両手で握手をしながら別れたというエピソードを語っている。


網走監獄は思ったよりずっと面白かった。
史跡としての見所も多いし、資料にしても人形にしても、リアルに監獄の生活が垣間見れるから、ある種異質な住環境というものを興味深く観て回れる。

日本の歴史には、こうした囚人達の努力が、社会インフラとなって今でも多くの人が知らず知らず活用している。特に北海道開拓の影の功労者はこの囚人達だと言っても過言ではない。

罪びととはいえ、それでもその歴史的功績に感謝しつつ、浦賀人は外の売店でも監獄飯を食い損ねて網走を後にするのであった。。。



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