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中山道六十九次 25 美江寺宿~河渡宿

 2012年5月13日(土)11:50 晴

 美江寺城跡から発し、次なる目的地、河渡宿までは4.7km。江戸日本橋から54次、京三条大橋から16次目である。

美江寺一里塚跡 11:51
美江寺一里塚跡

 取り立てて、というと失礼かもしれないが、このあたりは平野が続きがらんと開けている。

河渡へ。平野

 道が狭まる高札場跡をすぎると、しばし旧道を歩くことになる。

河渡へ、高札場跡

 幕府直轄地だった本田(ほんでん)のあたりには、代官所跡の説明看板が立てられていた。詳細は定かではないという。

本田代官所跡

 その先50分、無心で歩いていたからか、気がついたら河渡宿に着いていた。

中山道河渡宿

 河渡(ごうと)宿は宿内戸数64軒の中山道中最も小規模な宿場で、度重なる長良川の氾濫に悩まされ続けてきた。

河渡宿の様子

 これといった遺構は河渡一里塚跡の碑のまわりに宿場の説明碑があるくらいだった。

河渡一里塚跡
 
 時の代官松下内匠は度重なる氾濫被害に、このままでは宿場自体の存続すら危ういと感じ、宿場全体を5尺土盛し、その上に家屋を改築し氾濫の被害から宿場を救った。この功績から、村人は松下内匠を神と崇め、松下神社を建立し、功績を讃える碑を建てたという。

変速器相談の店 シマノサービスショップ
河渡宿のメカニック

 この地に遺構がないのは、水害ではない。
 大東亜戦争末期の無差別空襲で全焼したからである。
 こんな小さな村まで焼く気分は一体どのようなものだったのだろうか!?

河渡宿から岐阜を望む

 長良川は今でも渡し舟があるようだが、休業なのかビニールにくるまれた舟が転がっているだけだった。
 自然との闘いを刻んできた河渡宿をあとに、河を渡り今日の最終目的地、岐阜の加納宿を目指す。


 つづく


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テーマ : 中山道六十九次
ジャンル : 旅行

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