中山道六十九次 14 番場宿~醒井宿

 2012年5月12日(土)11:05 曇のち晴

 醒井宿へは3.9km。
 高宮~鳥居本5.9km、鳥居本~番場4.0km、醒井~柏原5.9km、柏原~今須3.9km、今須~関ヶ原3.9kmと、細切れに規則正しく宿場は続いている。当時で言うと、一里半、一里、一里、一里半、一里、一里といったところか。

番場宿よ!!w
郵便ポストと番場宿よ!!

 遺構の少ない番場宿であったが、手作りの標識が微笑ましい宿場でもあった。

柿ピー食べつつ醒井へ

 「くたびれた やつが見付ける 一里塚」
 と川柳にあるとおり、そろそろヘタばって来たなぁと思っていたら、久禮一里塚跡に出くわした。

久禮一里塚跡碑

 かつて、塚の右側には「とねり木」左側には「榎」が植えられていたという。
 旧道は気持ちのよい田んぼ道。機械で植えているところもあったが、ここでは田んぼに足跡があったので手植えをしているようだ。

醒井への田んぼ道

 国道21号と交わる樋口の交差点を突っ切り、水路のある樋口の旧道を歩く。

11:23
樋口交差点を突っ切る

 樋口の用水路は水量が多く、いかにも田植の時期といった趣となっている。
 今日、高宮から歩いていて気になったのは、耕作放棄地が多いこと。折角の土地も、耕して水を引かなくなれば荒地になってしまう。

樋口の旧道

 田んぼの風景と日本の歴史は一体と言ってよく、米の不作で戦になり、米の豊作で「くに」が潤い、日本人の感性を四季と共に育んできた。
 お世辞にも、自分が勤めている製造業が農業に優先されるべき産業であるとは思えない。

中山道400年を記念して平成14年に開館した茶屋道館
茶屋道館 河南区

 歩きながら真面目なことを考えていると、意外と時間が過ぎてゆくのが早い。歩いている時はもっと気の利いた文章が思い浮かんでいたのだが、こうしてパソコンに向かうとどうにも思い出せないのが歯がゆい。

東海道本線と河南のたんぼ

 一旦国道に出て、4・500m程で反対車線の旧道へ。六軒茶屋跡の先、醒井宿の入口に至った。

醒井宿へ!

 1日の行程の、半分くらいになるだろうか。関ヶ原までなら半分くらい。垂井までがんばればまだ半分も行かないぐらいだ。
 
醒井で本格的に晴れ間が出てきた 11:50
醒井宿

 醒井は、水に関する伝承が多く伝わる。京から下って最初の伝説地は、泡子塚なるものがある。
 説明看板によると、西行法師東遊の時、今では西行水と言われている泉の畔で休憩していると、眉目秀麗の西行に茶店の娘が恋をしたそうな。

西行水

 娘は西行が立って後、飲み残しの茶の泡を飲んだ所、娘は懐妊し、子をなしたといふ。
 後日、帰京の際再び醒井に立ち寄った西行は、娘からことの一部始終を聞き、
 「今一滴の泡変じてこれ児をなる、もし我が子ならばもとの泡に帰れ」
と祈り、

 水上は 清き流れの醒井に 浮世の垢を すすぎてやみん

と詠むと、児はたちまち消えて、元の泡になった。西行は実に我が子なりと、石塔を建てたとのこと。

熱心に塚を拝んでいたおばさんが、これが泡子塚よと、教えてくれた
泡子塚

 法師とはいえ健康な元武士の肉食系イケメンである。泡に戻ったエピソードは解釈が分かれようが、娘が懐妊したのには大いに頷けるのである。

醒井大橋

 醒井大橋という名の小さな橋から先が、本格的な宿場町だった場所となる。

 十王水は、平安中期の天台宗の高僧・浄蔵が開いたとされ、浄蔵水と呼ばれるべきところを、近くにあった十王堂にちなんで十王水と呼ばれるようになったという。

十王水
十王水

 醒井の町並みは、街道の左手に家々が並び、右手に地蔵川という清流があり、川を隔てて家々が軒を連ねている。

醒井の清流

 水の流れが町を形成する、実に気持ちのいい土地だ!

バイカモ・清流・水車・わし

 醤油店など趣のある商店も現役で、問屋場は貴重な現存建物だ。

醒井の醤油店

 問屋場は、通常宿場には1~2箇所だが、この醒井宿には7~10軒もあったという。問屋場は宿場を通行する大名や役人に人足・馬を提供する事務所である。

醒井宿問屋場

 大量輸送機関が無かった時代、物資運送は産業の最大の課題であったことを思うと、本陣や旅籠よりも、むしろ問屋場が宿場で最も必要不可欠な施設であったのかもしれない。そういえば、番場宿も問屋場跡の碑が多く見受けられた。

醒井宿問屋場内部

 風景になじめるようにゆっくり歩くと本陣跡が。
 お茶壺本陣というものがあって、将軍が飲むお茶を献上するため、山城の宇治から茶を運んだお茶壺道中の行列が、ここ醒井と守山の宿場で宿泊したという。醒井宿のお茶壺本陣は旅籠の越後屋にあり、専用の門や書院・茶壷を置く上段の間が設置されていたという。

醒井宿本陣跡

 地蔵川の流れは鍾乳洞からの湧水で、水温15℃前後に安定しており藻の一種であるバイカモが群生している。そのバイカモに寄生する水棲昆虫を好み、ハリヨが生息している。バイカモは水流を緩やかにする役割も果たしているため、ハリヨにとって産卵や巣作りに絶好の場所となっている。ハリヨの生息分布は極めて狭く、滋賀県東北部と、岐阜県南西部の水温20℃以下の清流のみである。

バイカモとハリヨ

 日本武尊(ヤマトタケル)が伊吹山で大蛇を退治したあと、大蛇の猛毒に苦しめられた日本武尊が、醒井の地へどうにか辿り着き、清流で体の熱を冷やすと、たちどころに猛毒の苦しみも取れ、体調も爽やかになったという神話がある。

居醒の清水

 そこが、居醒の清水と呼ばれており、醒井の直接の語源となっている。つまり、醒井とは神話に端を発する地名なのだ。

日本武尊の像 12:17
日本武尊の像

 感動的な風情の醒井宿を後に、中山道歩きは近江国最後の宿場、柏原宿へ向かっていくのである。



つづく

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 2012年5月12日(土)11:05 曇のち晴 醒井宿へは3.9km。 高宮~鳥居本5.9km、鳥居本~番場4.0km、醒井~柏原5.9km、柏原~今須3.9km、今須~関ヶ原3.9kmと、細切れに規

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