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31 撫養(阿波岡崎)城は廃城後トリーデなるとになっていた。

鳴門市の道の駅第九の里に立ち寄る。
ベートーベンの交響曲第九番が初演された土地である。
ミミファソソファミレドドレミミーレレー
喜びの歌。といえばわかるだろうか。

左の建物は、坂東俘虜収容所といって、第一次世界大戦のときに、日本の租借地であった青島(チンタオ・中国)で日本軍の俘虜となったドイツ軍約1000人を収容したという。いまは有形登録文化財で、物産館として使用されている。

奥の白い建物はドイツ館といって、第九番初演の様子やドイツ人と地元民の交流の様子などが展示されている。

道の駅 第九の里

一旦、帰りの道を計算してみる。
なかなかの距離だ。
この時(2010年)はまだ新東名はおろか、新名神の亀山―草津間すら開通していないナビである。実際は新名神は開通していたw
もちろん浦賀インターもない。

鳴門から浦賀

そこから少し。
妙見山には、撫養城というお城があった。
むやと読む。別に岡崎城と言ったりする。
阿波九城の一。ここの稿は九に縁があるらしい。

撫養城(岡崎城)遠景

ふむふむご立派。
川島城に負けぬ威容ですな。
もともとありはしなかったけど。
鳥居記念館という。

撫養城(岡崎城)三重三階模擬天守

で、老朽化による閉館中というオチ。
平成22(2010)年3月に閉館していた。
ただし

撫養城(岡崎城) 鳥居記念館廃城の経緯

平成28(2016)年3月に、「トリーデなると」として耐震工事を経て復活している。
もちろんトリーデとは「鳥居」と「砦」つまり地域や住民の砦となって欲しいという願いが込められているのだ。会議室やギャラリー、食糧備蓄庫として、まさに現代の城といえる役割を新たに担うべく復活したのだ!

撫養城(岡崎城)の展望デッキ

このときは和風の展望デッキからその景色を眺めた。

撫養城(岡崎城)の展望デッキから

廃城していた撫養城を後に、鳴門の渦潮を目指す。
おお、なんというレトロな!

鳴門のレトロ ボンカレー

兵庫と淡路島、徳島を結ぶ神戸淡路鳴門自動車道という長ったらしい高速の橋が見える。
なかなかの景観。

鳴門海峡を眺める2010夏

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