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30 最強の徳島ラーメン 中華そば ミニトマト

吉野川市鴨島町。
最強に美味いラーメンだったのは、シンプルな外観の

中華そば ミニトマト

徳島ラーメン 中華そば ミニトマト

あわわ人気ランキング 徳島のラーメン 中華そばベスト10入りと駐車場に書かれていた。

中華そば ミニトマト駐車場

味噌っ気のあるまろやかなスープ。
これはうまい。うまいうまい!今旅で一番うまい食事かも!
確か中華そば。

絶品!徳島ラーメン ミニトマト

・・・なにせ7年も前のこと書いてる記事だから、どう美味しかったかとかすっかり失念してるんだけど、ここはマジでおいしかったという記憶が強く残っている。近く通ることがあったら立ち寄りたい。家から700km以上あるだろうけどw

吉野川を渡る

さぁ、鳴門へ。


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テーマ : グルメ♪食の記録
ジャンル : 旅行

29 阿波九城 川島城

色の濃い風景を眺めながら、阿波徳島は吉野川市川島へ。

徳島 川島城へ

一回通り過ぎてしまった。
交通量は割に多い。国道192号沿い。

川島城 案内

二の丸には、望楼型三重四階。堂々たる観光模擬天守だ。
ここまでしっかり作れば大したものだ。
昭和56(1981)年築。

川島城 模擬天守

川島城は、川島兵衛之進により天正年間に築かれたが、蜂須賀氏が入った後一国一城令で廃城。徳島奉行所が置かれた。

川島城 入口

遺構は郭の雰囲気だけである。
天守内は資料展示や会議室とか、和室とか。

川島城 模擬天守正面

最上階からの景観は素晴らしい。

川島城から吉野川



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テーマ : 城址巡り
ジャンル : 旅行

35 鶴ヶ岡城跡 ~回想録⑤~

もとは大宝寺城といった。
鎌倉期以来、武藤氏が君臨していたが、戦国の波にのまれ滅亡。上杉、そして最上の支配となった。

建造物は一切残っていないが、城域の輪郭はほぼ原形をとどめている。

鶴岡城跡 二ノ丸西門跡 水堀

亀ヶ崎城の件でも触れたが、酒田湊に大きな亀が上がったことから、酒田の東禅寺城は亀ヶ崎城に、大宝寺城は鶴ヶ岡城と改称された。最上義光の作業である。

鶴岡城跡

大正天皇即位を記念し建てられた大寶館。
物産陳列場、図書館などとして使用されたという。市指定の有形文化財だ。現在は郷土人物資料展示施設。

鶴岡城跡 大寶館

藩祖・酒井忠次は徳川四天王の一人だった。
三代忠勝の時に入封し、幕末まで治めた。

江戸中期。日光東照宮の修理などで財政難に窮していた庄内藩は、本間光丘という男に藩財政の立て直しを求めた。日本一の大地主・本間家の財力については触れたが、庄内藩の財政危機を救ったのは他でもない、その本間家だった。

また、「三方領地替え」といって、借金まみれの武蔵川越藩主・松平斉典が、松平が庄内へ、庄内藩主酒井氏は越後長岡へ、長岡藩主・牧野氏は川越へ、という身勝手な転封願いを画策した際、庄内藩の領民が江戸へ出向いて幕府に領地替えの取り下げを直訴する。

普通、幕府へ直訴する時はバカ殿を引き摺り下ろしたいときと相場は決まっているが、この時ばかりは領民が酒井氏を守ろうと、直訴の無礼打ちの死罪覚悟で行動を起こしたのだ。この勇気ある行動と、酒井氏と領民との信頼関係を幕府は称賛。転封は撤回となった。

鶴岡城跡 中ノ橋跡

幕末・明治の戊辰戦争では、会津藩と佐幕派の双璧として戦い、凄まじく強かった。
本間家の資金力を背景に、洋式の銃を揃え、明治政府側に与した諸藩をなぎ倒し、戦えば必ず勝ち、敵を庄内の沃野には一歩たりとも足を踏み入れさせなかった。

庄内藩の進撃は、同じく洋式武装を整えた佐賀藩によって遮られ、やがて列藩同盟の国々がすべて降伏したことにより、庄内藩も降伏。一度も負けのない降伏だった。
総兵力の半数以上は農民だったという。

明治10(1877)年、領民により庄内総鎮守として初代、2代、3代、9代藩主の御霊を祀る荘内神社が本丸跡に創建された。

鶴ヶ岡城跡 荘内神社

現在は、御角櫓の復元計画があるらしいが、どうも進んでいないようだ。

鶴ヶ岡城跡 本丸御角櫓復元計画

この時2009年。今もそのままだろう。

鶴ヶ岡城 御角櫓跡

ふらっと、もう一度行ってみっかな。
雪の季節なんかいいだろうなぁ。
そんな事を思った。


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テーマ : 城址巡り
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34 鶴岡 致道博物館 ~回想録➃~

庄内藩14万石の主城・鶴ヶ岡城。
その三の丸の一角、藩主の隠居所や藩の御用屋敷が存在した跡は、いま致道博物館となって庄内の歴史を今に伝えている。

入口付近の赤門は、明治の時と2004年に台風で倒壊したが、原材をなるべく用いて再建した。

致道博物館 赤門と旧鶴岡警察署庁舎

致道というのは、藩校の名からとったものだ。

旧鶴岡警察署庁舎は県有形文化財となっている。
外部窓廻りはルネサンス様式を採用しているが、屋根には大棟、破風妻飾りなど和式も取り入れ、木造入母屋造りである。なかなかの威容だ。

ちなみに2017年現在は解体修理のまっただ中で、致道館の公式サイトから進捗状況が分かるが、2018年6月に落成を予定している。

致道博物館 山形県文化財 旧鶴岡警察署庁舎

旧渋谷家住宅は重要文化財。
この「かぶと造り」と呼ばれる独特な輪郭を持つ民家は、田麦俣多層民家とも呼ばれ、出羽三山の一つ、湯殿山麓の田麦俣から移築したものである。

致道博物館 重要文化財 田麦俣の民家

江戸末期に建設された土蔵は、民具の蔵として、庄内地方の民俗資料を展示している。

致道博物館 民具の蔵

酒井氏庭園は、国の名勝に指定されている。
それにしても、三の丸の一角でこれだけの庭園と様々な移築建物を要しているとは、鶴ヶ岡城の当時の規模の大きさは相当なものだったはずだ。

致道博物館 名勝 酒井氏庭園

江戸屋敷から幕末に移築されたという御隠殿は、藩主の隠居所であった。
木材や瓦などは江戸から西廻り航路で運ばれ、酒田からは川船で運ばれた。

致道博物館 旧庄内藩主御隠殿

鶴岡のランドマークと言えるだろう。
旧西田川郡役所も、重文に指定されている。

致道博物館 重要文化財 旧西田川郡役所

明治天皇行幸の折には、宿所としても使用された。
鹿鳴館時代を偲ぶルネサンス様式。
いわゆる擬洋風建築で、庄内随一の棟梁として名を馳せた高橋兼吉と石井竹次郎の手によるものである。兼吉は旧鶴岡警察署庁舎も手掛けている。

致道博物館 旧西田川郡役所

見応え充分な致道館。
和様建築がどちらも見れる、貴重な博物館だ。


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33 酒田 おくりびと/日和山公園

珍しい山王鳥居のある日枝神社。
神仏習合をあらわしたものだ。

ここは日和山公園。
酒田港のそばにある。

酒田 日枝神社

映画「おくりびと」のロケ地として有名な、旧割烹小幡。

おくりびとロケ地 旧割烹小幡

NKエージェントとして、登場した。
静かな映画だった。

おくりびとロケ地 NKエージェント

うちのおばあちゃんについたおくりびとは、ちょっと今一つだった。おばあちゃんの顔が変わってしまって悲しかったなぁ。
2012年。この旅の年に亡くなった。みんな死んじゃってたから、生存していた、たった一人のじじばばで、倒れる前まで家事を行っていた。立派なおばあちゃんだった。

さて浦賀人。
おくりびと、もっくんの雰囲気をまねようとするんだけどなかなかうまくいかん。てゆうかどうやったらこの軽い坂道でああいう歩き方になるんだ!

おくりびとロケ地 NKエージェント 旧割烹小幡

さて日和山公園。
木造六角灯台が素敵だが、いかんせん曇り空が・・・

木造六角灯台と最上川

奥の細道松尾芭蕉の像。
この旅で、いろんなところにいたなw
我々も負けてはいられぬ!

日和山公園 松尾芭蕉像

最上川の河口、酒田港を眺める。
歴史ある港は、今でも活用されている。

日和山公園から酒田港

さて酒田を後にして、最終目的地・米沢へ向かう。
その前に回想録をいくつか。。


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