「君の名は。」 ネタバレ注意

映画「君の名は。」を観た。
ネタバレ嫌な人は見ないでね!大したこと書かないけど。

シン・ゴジラ」を負かせた映画という事で、描かれる風景にも興味が沸いて観に行ってみることにした。

内容は男と女が入れ替わる男子なら(女子も?)一度は憧れたんじゃないかなーという展開から始まる。そりゃムネもむわ。何度でも。

都会の瀧くんと田舎の三葉ちゃんが入れ替わるんだが、最初はふたりともわからずに過ごしており、少しずつ気がついていく。
お互い入れ替わりにも慣れはじめ、それぞれの暮らしをルール決めたりして過ごすんだが、ある日を境に入れ替わりがなくなってしまう。

リアルに描かれる新宿らへんの風景と、飛騨らへんの風景をみつつ、飛騨に湖ないよなー。どこかなー。と、旅の記憶を自分なりに辿ってみたけど阿蘇かなーとかおもいつつ、まー諏訪湖がモデルだったらしいね(苦笑

話はラブコメっぽく進んでいくんだけど、神社の神職・巫女さんの家系である三葉の葛藤は大きく、都会のイケメンに生まれ変わりたいと叫んだり。彼女の父親もまた妻を救えなかったことから神職を降りたりしていて、おばあちゃんも複雑な思いを持ってるんだろうなって思ったり。

彗星に町ごと破壊されるっていう驚きの展開は、何となくだけどそんな気がしちゃってて個人的にはそこまで驚かなかったけど、被災者の名簿に三葉が入ってた時は瀧ほどじゃないけどさすがにショックだった。
2人の時間には、なんと3年のずれ(ここは驚いた)があって、神社の御神体のお酒(三葉が米を口に含んで発酵したもの)を飲んだり、たそがれ時の時間帯だったりで、奇跡的に2人は時間を越えて出会うことができたのだ。

なおこの入れ替わりは三葉の巫女的能力であり、母も、祖母もまた同じ体験をしており、何度か彗星の衝突に直面した糸守町の守護の役割を神社や御神体は果たしているようだ。男女が入れ替わる不思議は、日本古来の神話や万葉世界からヒントを受けているのだろう。こういうシーンを入れてくれると、外国映画よりずっと身近に、ある種納得感をもって物語に入ることができる。

町は破壊されるも、人が死ぬことは無く、2人もお互いの名前も記憶も失っていくが、ひとまず良かったんだがこのまま済ましたらちょっと消化不良と思ってたら、何年後かあとに、東京で2人は再開することができる。記憶をなくしながら、誰かを探していることは頭のどこかにあったのだ。
その後の2人は想像するしかないんだけど。

でもこの話、震災後に観るからこそリアルを感じるんだな。原発とか津波で村ごと破壊されて住めなくなって、棲家を追われる人々。

消えてしまった村の風景に、こうまで胸が締め付けられるものなのか

みたいなことを劇中で瀧が語っていたが、ここにテーマが内包されているような気がした。

そんで思う。この話って、実際ハッピーエンドなんだろうけど、でもやはり失ったものは大きいのでは?

人は生き延びたが、結局は三葉も四葉(妹)も、友達も、若者たちは都会で暮らしているのだ。
オラこんな村いやだ~♪と叫んだ(セリフは違うよ)三葉。一生懸命町の人々を守ったけど、都会で生きる道を進んでいる。これは東日本大震災で大きな被害を受けた人々も辿っている道なのではないか。

日本の風景がまた一つ消えた喪失感。

シン・ゴジラは国家(政府とか)対災害だった。君の名は。は、さしずめ人々(ムラというか共同体というか)対災害と言えるかもしれない。テーマの根底は、どっちもシン・ゴジラのキャッチである『現実対虚構』で、実は似ているのかも。ゴジラを抱えて生きるしかない日本国と、故郷を追われた人々。
ゴジラと君の名は。は、国家対クニなのかもしれず、そういう意味でどちらも、やんややんやのハッピーエンドでは終わることができなかったのだ。

瀧は就活で糸守町(三葉の住む町)の風景に影響されたようなことを言っていた。そこに本当のハッピーエンドへのヒントが隠されているのかもしれない。

なかなか、面白い映画だった。
三葉は神社を再建して巫女に戻って欲しいと密かに願う。
そして、ムネは揉む。これはやむなしだ。

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9 高岡古城公園 ~高岡について~

高岡古城公園は富山唯一の日本百名城・高岡城跡である!
ここもまた、2008,9年に続いて7年ぶり3度目の訪問となる。

今回は城内にある越中国一宮・射水神社目的で来ていたので、ほぼついでであるw
城の北側、御城外の曲輪から入る。駐車場は無料北口駐車場に停めた。

本丸町11の地味目な入口から入る。射水神社に一番近いと思ったからだったが、あとで境内にも駐車場があることが分かった。蝉の声降りしきる暑い中、古城散策を始める。

高岡古城公園 御城外

高岡城は、長方形の縄張りで、東西南北の端に角がある。地図で真上から見るとひし形をしている。
それぞれの曲輪は水堀でキッチリ区分けされており、当時はどうかは知らないが、野趣にあふれ、まさに「古城」の名に相応しい雰囲気を持っている。

城の北側だけは割と自由な縄張りなのか、浮島みたいになっていたり、本丸の北端(写真)がやけに突出している。

高岡古城公園 御城外北側の水堀(向こう本丸)

赤い欄干に擬宝珠が素敵な本丸への朝陽橋を渡る。むこうからはポケモンGo!患者と、夏休みの宿題だろう、スケッチブックをかったるそうに持ち歩く少年が歩いている。高岡の日常であろう。

高岡古城公園 朝陽橋

小学校中学年くらいの女の子が木陰に腰掛け、スケッチをしていた。同じ方向を眺めてみると、おお、なかなかの構図ですなぁ(*´ω`)

高岡古城公園 噴水

大人はポケGo、子供は宿題という。。。
それにしても、街中の城跡公園ということを一瞬忘れる程深い緑と水に囲まれている。
アマゾンみたいと思ったが、溝ほどの水堀とは比べ物にならないんだろうな(苦笑

高岡古城公園 水堀 アマゾン

本丸に入ると、一気に視界が開ける。深緑から一変。目にもまぶしい明るい芝生の緑だ。
高岡城は江戸期には形式上廃城となっていたが、加賀藩の火薬庫および食物庫として密かにその軍事力を養っていたという。

高岡城 本丸広場

多分幕府は黙殺していたのであろう。泰平の世には脅威ではあったが、積極的に翻意を示すこともない加賀富山両藩と無益な争いも望むこともなかった。結果高岡は銅器、漆器の町として江戸期を通して繁栄することになった。

城跡にほ、建造物の遺構は無いが、井戸跡は残っていた。城郭の3割が水堀である高岡城の水は潤沢にあったろう。本丸井戸は2008年に撮ったものだ。

高岡城 本丸之井戸

広場内の一角には本丸の石垣が散りばめられていた。
これも2008年。

高岡城 石垣の石

本丸には高岡城を築き、高岡の町を作った前田利長の像もある。
これも2008。

高岡城 前田利長公銅像

こちらは2009。

高岡古城公園 前田利長公銅像

ちょっとここで「高岡藩」や加賀・越中の関係に触れておきたい。
実際、高岡藩なんて藩は歴史上存在しなかった。

高岡古城公園

じゃ、なんで高岡藩なんて書いたのかと言うと、自分自身が単に高岡藩があったと思い込んでいたからである(ドヤ顔)!
高岡は、加賀前田藩主であった前田利長の隠居城であった。もともとは富山に隠居していたのだが、火災に遭って一旦魚津に逃れたが、関野と呼ばれた場所に新規に築城を施し、関野を高岡と改めた。
中国最古の詩編「詩経」の一節である「鳳凰鳴矣于彼高岡(鳳凰鳴けり彼の高き岡に)」による。いわゆる瑞祥地名である。

高岡城の縄張りは、ドン・ジュスト高山右近(写真)が手掛けたとされている。

高岡古城公園 高山右近銅像

だがせっかくの城下町も、豊臣滅亡後の一国一城令によって廃城を余儀なくされた。だが城としての機能は実質無くさず、城下は銅器をはじめ鋳物、工芸は漆器と、工業商都として発展をつづけた。
前田家は言うまでもなく前田利家を祖とする大家で、徳川家康も一目置いており、関ヶ原役まわりではさんざん利長にいちゃもんをつけたものだが、とり潰しにはついぞ至らなかった。

加賀百万石と言うが、実際の前田家の勢力は3藩の体制からなっており、旧国名に照らすと加賀、能登及び越中の大部分を支配する加賀藩と、越前との国境の小さな大聖寺藩、そして富山藩。現在の富山県の真ん中縦一列である。割り当てとしては加賀44万石、能登21万石及び越中53万石
越中が富山藩と思い込むと全然違うのだ。大聖寺藩と富山藩はそれぞれ10万石で、加賀藩は諸大名最大の102万石であった(それぞれの石高はいずれも推定値)。

高岡古城公園 高岡開町400年 2009

2009年には開町400年を迎えた。廃城となった城があった町は多くは衰退したが、高岡は今でも市の体を維持している点、先人の努力の賜物であろう。

また、高岡は「万葉の里」と呼ばれている。これは、かつて越中の国府があったこの地に、歌人でもある大伴家持が国主として赴任してきた時、220余首の歌を詠んだことにちなんでいる。
高岡の駅には(写真2008年)大伴家持像がある。高岡市の花・カタカゴの由来となった歌も碑文に記されている。

『もののふの 八十娘子らが 汲み乱ふ 寺井の上の 堅香子の花』


たくさんの少女たちが、入り乱れるように井戸の水を汲んでいる風景と、傍に咲くカタカゴの花の可憐さを重ねた歌だ。
素人目にも、そんな爽やかな情景が目に浮かぶような歌だよね!

高岡駅 大伴家持銅像

万葉の歴史の下支えもあるのだろう。高岡は今も健在だが、商店街のシャッター街化は深刻なようだ。

高岡城に戻ろう。
高岡城跡としての見所は、先に述べた古城感満載の水堀風景と、本丸への石垣土橋であろう。

高岡古城公園 本丸土橋

乱積みの石垣は風情があっていい。
石垣だからといって石橋とはならない。石垣の中は土なのだ。

高岡古城公園 本丸土橋石垣

古を二つ持つ町高岡。江戸の風情に隠れた、万葉の歴史も感じてみよう。



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8 越中国一宮・射水神社

高岡古城公園(高岡城跡)の本丸内にあるのは、越中国一宮・射水神社だ。
過去二回は高岡城跡を巡りに来たが、今回嫁の字と来た目的は一宮めぐりである。

一宮めぐりと言っても、いけたり行けなかったりで、だいぶん穴だらけだが、これからも少しずつ巡っていこうと決意している。。

城の北側の駐車場に停めて、神社を目指した。
本丸広場は芝生で広く、ご当地自販機でジュースを飲んだ。とにかく暑い。家から水筒を二つ持ってきてはいるんだけど、たまにはカルピスとかアンバサダーとか飲みたくなるよね(*^^)v

高岡のご当地自販機

射水神社は、明治にこの地に遷座してきた。
もともとは二上射水神社といって、高岡市の北側の山・二上山を神奈備(かむなび・御神体)として鎮座していたが、神仏分離令が発布されると、二上山は仏教色が強いとされ、ひっぺがされてこの地に来たというわけだ。

神仏分離、廃仏毀釈、これらは旅の中で何度となく出会ってきた歴史の中の出来事だが、もしかしたら日本の宗教史にとって、かなり大きな転換だったのではないかと思い始めている。

射水神社へは、本丸土橋がメインの参道となっている。
燈籠の所を左に下りれば、見事な高岡城の土橋石垣を眺めることができる。

高岡城跡 本丸への土橋 射水神社参道

御祭神は瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)である。瓊瓊杵尊が一発検索で出たことに今愕いているw

二ニギはアマテラスの孫で、嫁さんはコノハナサクヤヒメ(美女)である。
サクヤヒメの父・オオヤマツミはこの時、サクヤヒメの姉であるイワナガヒメも妻にと差し出したが(当時は一夫多妻制だ)、醜女(しこめ・ブス)であったため、二ニギは送り返し、オオヤマツミに怒られたと神話は語る。
そのため、他の神々は長生きだが、二ニギの子孫(要は天皇の子孫)は寿命が短い(人間程度の寿命になっちゃった)のだという。イワナガヒメも娶っていたら長生きできたのだ。
なお皇室自体は世界最古の王室と言われる程、長生きであり、神話に端を発する世界史の奇跡と言える。

創始不明の古社だ。鎮座は養老年間とされている。1300年程昔だ。

高岡古城公園 射水神社鳥居

セミの鳴き声もかしましく、暑く蒸し、それでも境内の清浄な雰囲気は射水神社独特のものではなく、一種安心感を持って散策できる気軽さが、神社という、不思議な宗教施設なのであろう。

越中国一宮・射水神社

でも外人さん、真正面から拝殿や本殿を撮ってはいけないよ。親しき中にも礼儀ありというやつだ。


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7 日本三大仏 高岡大仏

1907年から、26年の歳月をかけ完成した、高岡大仏。
日本三大仏を名乗る、全国にあるいくつかの大仏の一つである高岡大仏へは、縁あって今回が三回目。富山に来るたびに訪れていると言える。

最初の写真は、2008年に弟と来た時だ。今回同様夏だったので、凄まじく暑かった思い出だけがある。

日本三大佛 高岡大佛

次の写真は、2009年に浦賀人旅で来た時。GWだった。
それから7年も経ったか。はやいもんだ・・・

高岡大仏

弟、友達ときて、そんで今回は嫁の字と。
2016年の夏は、2009年よりはずっと暑い。それはもう空気が全然違う。この日もまだ朝の段階で30℃をあっさり超えていた。

高岡大佛

銅器日本一と言われる高岡らしく、青銅で造られている。
1221年の創建時は木造5mのものであったが、その後荒廃や焼失を繰り返し現代に至っている。

日本三大仏 高岡大佛

台座の内部は輪廻のような廻廊になっている。
13の仏画の一枚目は聖徳太子という。

高岡大仏内

時鐘(ときがね)は、江戸時代に造られた、高岡市指定文化財だ。
その名の通り時刻を告げる鐘であったが、この大仏寺には明治以降寄付された。

高岡市指定文化財 時鐘

駐車場は数台停められる。
その背中は割にやさおとこ。
与謝野晶子は「鎌倉の大仏よりイケメン!」といったとかいわないとか。

日本三大仏 高岡大仏

天使の輪っかが縦についているわけではない。
後光がさしている様子を表現しているのである!

ボランティアガイドにお話を聞いて、さて、もうちょっくら高岡を散策しましょかね。


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6 道の駅 氷見② ひみ番屋街で朝ごはん☆

道の駅 氷見は割と新しい施設で、氷見漁港場外市場という位置づけである。

ひみ番屋街 外観

その名の通り、番屋が軒を連ねる横丁(そんなのあるのか?)といった趣で、また魚市場らしい生臭さや雑多な感じは無く、整然と、清潔に保たれている。

人が少ないのは朝だからで、たぶん昼時は人でごった返すんだろうな。

ひみ番屋街 お店

朝にはちょっと重たいが、タラフライなんて美味しそう(*´▽`*)
ホタテはぷりっぷりで、ボリュームがあり、ふたりでいっこ食べた。

ひみ番屋街 タラフライ アジフライ

エビカツのえびもぷりっぷりで、味もしつこくなくおいしい。
ぷりっぷりと言うが、富山では生きが良いとか、新鮮とかいうときには

「キトキト」

という方言を使う。そう、ひみ番屋街はキトキトが溢れているのだ。

ひみ番屋街 エビカツ

ジェラートやらアイスも充実している。エビカツをフードコートで座って食べていると、だんだん人が増えてきた。

ひみ番屋街 フードコート

うう、やはりちゃんと朝ご飯食べてぇ!
時刻は9時。少しづつ番屋街の食事処も営業が始まりつつあり、我々は「手延べうどん 池永亭」に入ることにした。休日のみの朝食メニュー・キトキト定食に食指が動いたのだ。

ひみ番屋街 手延べうどん 池永亭

おお!魚の味噌汁の豪快さよ!
干物も、氷見産のお米と合う!お刺身も新鮮♪
ご飯の量も凄いぞ(●^o^●)

ひみ番屋街 池永亭 キトキト定食

ここへきてようやくちゃんとした定食にありつけ、大満足だ!ほかにも氷見牛を食べられるお店もあったりで、一回じゃ楽しみつくせないじゃないか!また立ち寄ってみたい道の駅だった。

ひみ番屋街 怪物くんのバス

愉快痛快怪物くんのバスがかわいい。
さてさて、ひさしぶりの高岡に向かいましょーかねぇ。


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日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
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