10 大斎原 ~熊野本宮大社旧社地~

以前、熊野本宮大社に来た時は、大斎原の存在を知らなかった(苦笑)

遠目に見える巨大な鳥居は、河原から十分に見えたので、何かカルトの施設かと勘違いしていたww


大斎原 おおゆのはら
は、熊野本宮大社が元々あった場所である。

熊野本宮大社は、熊野古道の最終目的地だ。
中辺路、小辺路、奥駈道と、三つの古道がこの地を目指して延びている。

今ある熊野本宮大社は、明治22(1889)年の熊野川の洪水により、高台に遷されたもので、旧社地は音無川と熊野川の合流地である中洲にあったため、その勇壮な建造物の大半を失った。

自然信仰の聖地は、あえなく自然災害にぶっ壊され、民は素直に川から遠くに逃れたのだ。

大斎原

大鳥居は平成12(2000)年に建立された。
高さ34m、幅42m。日本一の大鳥居である。

旧社地、今の大斎原はかつて、現在の熊野本宮大社の4倍もの規模があったという。
今は、田んぼの中にぽっかりと浮かんでいるようにたたずんでいる。

大斎原 日本一の大鳥居

写真撮ってしまったけど、ここも基本撮影は禁止らしいから、境内の写真は載せるのやめました。

「蘇」と銘打たれた手水鉢でお清めをして、清浄な雰囲気の漂う木立の中を歩く。

太陽の光がほどよく入る、明るい緑あふれる五月晴れの大斎原は、気持ちの良い空気が流れていた。

本宮大社と同じく、ここも世界遺産に指定されている。
今は祠があるのみだが、陽の光に照らされて大斎原は、時間がゆっくり流れて、かつての繁栄が嘘のようであった。

そして、少しだけ、誰もいなくなった学校の、あの不思議な雰囲気が漂っていたのでありました。

関連記事

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

9 熊野本宮大社

熊野神社は全国に3000社以上あるという。
その、熊野神社の総元締め、総本宮が、熊野本宮大社である。

一番多いのは、千葉の268社。
一番少ないのは、沖縄の8社だ。


本宮に着いたのは9時前。
GWはいえ平日でもあり、まだ結構すいていた。

木の郷

本宮大社の横にある「樹の里」に駐車し、いざ熊野詣。
大きな八咫烏の幟と、石碑には「日本第一霊験所」と刻まれている。

熊野本宮大社 2014

本宮大社周辺は開けているのだが、参道の入り口鳥居の先からは別世界!

熊野本宮大社 参道入り口の鳥居

一気に聖域に踏み入っていく気分が高まってくる。

熊野本宮大社 158段の石段

って、ピース邪魔~( `ー´)ノ


神門をくぐれば御本殿のある神域だ。
前に来た時は気が付かなかったが、神門の先は写真撮影ご遠慮の看板が・・・

熊野本宮大社 神門

神門の正面には御本社があり、家津御子神(けつみこのかみ)が祀られている。
家津御子神は、食や木の神とされ、素戔嗚尊(スサノオノミコト)と同神と考えられている。

さらに、ここが日本の宗教感のキモであると思うのだが、
本地仏は来世を司る阿弥陀如来である。

大昔。
日本で仏教が取り入れられると、では日本古来の神はどうするのかという議論が巻き起こった。
日本以外の国では、新たに宗教を取り入れるということは、それまでの信仰を否定するということであるが、日本では

「仏教の神々は、古代の日本人に馴染みやすいように」
神話の神々の姿で現れた。とした。

これを
本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)
という。

奈良時代ごろから神仏混淆(しんぶつこんこう)、つまり仏教の神と日本の神は同一であるという考えが広まり、鎌倉時代ごろに本地垂迹説が登場。めでたく日本に入った仏教は「日本仏教」という、恐らく本来の仏教とはぜ~んぜ~ん違うものに化けた。

インドでは牛は神聖なのでビーフカレーは食えない。
仏教やキリスト教が広まった世界の国々では、それまでの神と新しい神が血で血を洗い、今もそれは終わることがない。

日本ではビーフカレーを「発明」し、神仏混淆を「発明」した。
それが良いとか悪いではなく、それが日本の宗教なのであろう。


退屈な説明が長引いたが、ここ熊野の地は、日本の宗教感の真骨頂が詰め込まれている、非常に興味深い場所なのである(超生真面目)!!


なお、御本社の向かって左、西御前には熊野牟須美(くまのむすみ)大神、御子速玉(みこはやたま)大神が、右の東御前には天照皇大神が祀られている。

熊野牟須美(伊弉冉、、イザナミ→千手観音。現世を司る)
御子速玉(伊弉諾、、イザナギ→薬師如来。前世を司る)
天照皇大神(アマテラス→大日如来→命そのものを司る)

う~ん複雑だw


前回来た時は、社殿は修復の素屋根で覆われていた。
今回は無事修復工事も終わり、見事に甦った社殿を見ることができた。

写真で撮れない分、しっかりとその目に焼き付けて

旧社号標には官幣大社熊野坐神社と刻まれている。※坐(にいます)
官幣大社熊野坐神社

伊勢へ七度熊野へ三度。
再訪を誓うのであった。。。


関連記事

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

8 熊野本宮 川湯温泉

2014.05.01(木)17:30

川湯温泉は、熊野本宮大社から10分程度のところにある。
初日の宿泊は川湯温泉の民宿・大村屋だ。

民宿 大村屋

川湯温泉はその名の通り、河原を掘れば温泉が湧くという、珍しい温泉地である。
新潟長野の県境・秋山郷やここと同じ温泉名の、北海道の川湯温泉のすぐ近く、クッシーで有名な屈斜路湖、山形の赤湯温泉でも、掘れば温泉が湧いた。

熊野本宮 川湯温泉

吊り橋を渡ったところに、7、8人入れそうな露天風呂があった。
特に料金を取ることもなく、自由に入れる。

川湯の露天温泉

夕食の時間が迫っていたので、露天は翌朝入ることに(*´▽`*)
河原を掘ってみたが、温泉は出ませなんだ(涙

大塔川のほとり

大村屋のすぐ裏手には川湯温泉十二薬師如来 浄妙堂があった。

川湯温泉十二薬師如来 浄妙堂

この十二薬師は、温泉の守護神で神経痛、内臓病等の平癒を祈願し、薬湯の温泉とあわせて古くから多くの人々の信仰を集めて今に至る。
と説明板にあった。


さ、夕飯夕飯♪
大村屋の夕ご飯は、民宿らしく地の物をふんだんに使った会席料理だ。

おにいさんのおススメにより、自家製の梅酒を別注してかんぱ~~い!

大村屋の自家製梅酒

飲みやすい優しい梅の香りを大人ぶって楽しみつつ、鮎の塩焼き、地鶏・地魚の鍋や女将が手摘みした山菜に舌鼓。

そしてそして、脂ののった熊野牛サマ!

大村屋の熊野牛

限界までお腹くーちくなり、大満足☆

宿の温泉に浸かると、先に温泉街のホテルで買っていた南高梅の梅酒を飲むこともなく、夜通しの運転と夜明けとともにの観光三昧に心地よい疲労感満載、おやすみなさいもなく早じまいの戸を閉めてしまったのでした。


明けて2014.05.02(金)

大村屋の部屋から
大村屋から吊り橋

朝一番で川べりの露天温泉に!

大村屋の温泉

写真は宿のお風呂w
露天へは持参の水着で入浴。宿では水着の貸し出しもあるようだ。

川湯温泉へ来るなら冬場がいいかもしれない。
水量の減る12月~2月の間、川湯温泉名物である
「仙人風呂」
が楽しめる。仙人風呂は、今回入った露天とは比べ物にならないほど大きな露天風呂だ。
大きさは幅40m、奥行き15m、深さ60cm。
仙人=1000人でも入れる(?)のだ。その伝統は古く、江戸初期に興ったとされている。

めちゃアッつい露天に一生懸命浸かった後(水で薄めることもできる)、朝ごはんを食べて、チェックアウト。

ロビーは自由な雰囲気。
コーヒーやおせんべいが雑多に置かれて、特に説明もないが、どうぞご自由にといった様子だった。

戸惑いつつコーヒーを飲もうと思ったら、奥の方からおばちゃんが気さくに顔を出し「どうぞお飲みください」と言ってくれた。
もう飲んでいたけどwww

大村屋のロビー

二日目は熊野本宮大社や世界遺産の温泉・つぼ湯、瀞峡ウォータージェット船を巡る予定。

いい天気の大塔川

ちなみに、大村屋はペットも泊まれるお宿だった。

大村屋ちょうちん



関連記事

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

7 古道ヶ丘から霧の里・高原熊野神社

龍神温泉から小一時間南下すると、熊野古道中辺路に出る。
この時ぜひ注意したいのが、車のルート取りであろう。

高野龍神スカイラインの国道371号は龍神でいったん途切れ、国道425号(龍神街道)を走ることになる。
少し南下すると、県道経由での国道371号復帰の道と、県道198号龍神中辺路線の道がある。

事前に調べたら、酷道371号は狭く危険で、県道198号経由で国道311号へ合流した方が安全で走りやすいことが分かった。

県道より国道の方が道が悪い場合もあるのだ!
確かに県道398号はまっすぐなトンネルで山を抜けるなど、走りやすい道のりであった。


古道ヶ丘は、そんな県道198号と国道311号の合流地に近い場所にあった。

熊野の郷 古道ヶ丘

狭い脇道のような坂道を一生懸命上ると、割と広い駐車場のある場所に行き着く。

酷道と違って、よく調べないで来てしまったが、ここは別に観光する場所でなかったようだ(涙)
バンガローのような建物があって、泊まって星空を眺めたり、観光の拠点にするにはよさそうな場所だった。

古道ヶ丘からの展望

展望はそこそこ。
2008年に買った「コンパクト日本地図帳」は再三再四の旅で非常に重宝してきた地図で、観光地は三ッ星マークで教えてくれる。古道ヶ丘にも三ッ星だったから何かしらスポットなのかと思ったが、まぁ、まぁ、しくじったかな。。。


気を取り直し、国道311号を東へ進む。
この道は、熊野古道中辺路(なかへち)を含む熊野古道に沿って作られた街道で、先々に古道の往時をしのばせる場所がある。

霧の里無料駐車場

まず、熊野古道の手始めに、出立数日前にたまたまテレビで紹介された霧の里高原休憩所へ行ってみた。
国道から外れて狭い道を行くことになるが、ちゃんと案内看板はあった。

段々畑の向こうに広がる紀伊山地!
なんと雄大な。一切カメラに収まらない。

クリックで大きめの画像
霧の里高原休憩所からの絶景

以前熊野古道に来た時は、熊野三山にばかり気を取られて、このような景色にあいまみえることができなかった。
今回は下調べもそれなりにして、雄大で神秘的な光景を目の当たりにできる場所をチェックして来た。

まぁ、ここはたまたま知ったんだけどねぇww

霧の里高原休憩所

基本的には熊野古道歩きの休憩所で、古道が本宮に向かって伸びている。
ほんの少し熊野古道体験だ☆

熊野古道中辺路ちょっと体験

歩いてすぐ近くにある高原熊野神社は熊野参詣道中辺路最古の神社建築で、応永年間(1394年~1428年)の創祀と推定される。室町時代だ。
熊野本宮大社から勧請したのが始まりとされているが、ひょっとしたら土地の神様として室町よりずっと昔から鎮座していたのかもしれない。

高原熊野神社

樹齢千年を超えるといわれる御神木の大楠が、この土地の歴史の古さを伝えている。

高原熊野神社 樹齢千年以上のご神木 大楠

高原(たかはら)の集落は江戸時代には旅籠のある栄えた宿場であったようだが、国道ができると寂れたという。
栄枯盛衰のある熊野の里、ということになるが、今再び、過去の遺産は未来への資本として蘇えっているのかもしれない。

関連記事

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

6 高野龍神スカイラインを経て龍神温泉へ

高野山の奥之院からすぐ
高野龍神スカイラインは、「酷道」で知られる国道371号にしてはまぁ走りやすい方だろう。

かつては有料道路であったらしい。
景色に多くは望めないが、山深きを走る実感は十分にあり、これから辿り着くであろう熊野の地に否応なく期待が膨らむ。

といっても、スカイラインの道のりは案外短いもので、印象としては2/3くらいの場所に位置する
「道の駅 田辺市龍神ごまさんスカイタワー」
に1時間もかからず到着した。

ごまさんスカイタワー

遠い昔。平家の落ち武者が高野山を経てこの護摩壇山まで逃れてきた。
平清盛の嫡孫・平維盛(これもり)である。
維盛がこの地に逃れて来、この山で護摩木を焚いて平家の命運を占った。

道の駅 田辺市龍神ごまさんスカイタワーからの眺望
道の駅 田辺市龍神ごまさんスカイタワー

そんな伝承からこの山は護摩壇山(ごまだんさん・やま)と呼ばれている。

スカイタワーからスカイライン高野方面を望む
スカイタワーから高野龍神スカイライン

見渡す限りの山また山。
標高1372mの護摩壇山は、西暦2000年までは和歌山県の最高峰であった。
2000年。つい最近のことだが、近隣にもうあと10m高い山があったことが発覚し、護摩壇山は和歌山最高峰の座を明け渡すことになったのだ。

スカイタワーから紀伊の山々
紀伊山地の山々

標高1382m。
本来の地位を取り戻した和歌山県最高峰の名は、龍神岳と名付けられた。
2009年のことである。


ごまさんスカイタワーは入場料¥300。
平維盛が積み上げたであろう護摩木を模して、実際に護摩木を使用し、積み上げたような意匠の塔である。

ごまさんのチョウチン杉

意匠の見栄えを邪魔している木は、ちょうちん杉と呼ばれている。
古くから高野・龍神の往来のあったこの地は、旅人が一服するのにちょうどよい場所であった。
提灯を持った旅人が、一息ついて提灯を引っ掛けたのが、この杉の木だったことから、いつしかちょうちん杉と言われるようになったのだという。

大分背が伸びて、今では提灯を引っ掛けられそうになかった。。。

スカイタワーからの絶景は一見の価値ありだ。
もっとも、山また山といった景観に興味がなければ話は別だが…

道の駅は駐車場が完備されており、レストランやお土産も置いてあった。
ツーリングのバイクが沢山駐車場に停まっていた。


道の駅 田辺市龍神ごまさんスカイタワーから40分ほど。
いよいよ日本三大美人の湯・龍神温泉に到着した。

日本三美人の湯 龍神温泉

群馬の川中温泉、島根の湯の川温泉と並び、三大美人の湯と称される龍神温泉。
嫁が脱兎のごとく立ち寄り湯の龍神温泉元湯に駆け込んでいった。

龍神温泉元湯

高野龍神国定公園・日高川沿いに湧き出したナトリウム-炭酸水素塩泉の温泉は、その昔、役の行者 小角によって発見され、弘法大師 空海が難陀龍王の夢のお告げにより浴場を開いたと伝えられている。

日高川沿いの温泉郷 龍神温泉

江戸時代初期には御三家・紀州徳川頼宜がお気に入りに登録し、藩の費用で宿を建てた。
宿は代々紀州徳川家の別荘地となり、めでたく幕末まで存続していたという。

龍神温泉遠望

先に入って後から出てくる嫁さんを待ちながら、ここまでの山々の深さ、のどかさ、歴史に思いを馳せ、ふと触ってみると、確かにお肌がしっとりすべすべになっていることを知った。

この旅ではけっこう頻繁に温泉に入ることになったが、この旅から帰ってからこっち、一年間悩まされていた貨幣状湿疹が再発していない。




関連記事

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

プロフィール

ぬたーむ

Author:ぬたーむ

日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
かもしれない☆
ブログはつれづれ、旅はガチ、歴史はぼちぼち
そんな毎日でありたいなw

★旅行ガイド専門サイト★
『たびねす』『itta』
に記事を寄稿してます☆
『たびねす』ではポイントを絞ってご紹介!
『itta』ではドタバタ道中も一緒くたの旅栞!
ぜひ見に来てね!

あとツイッターも…
『旅景より』


ぜひitteね(*´з`)

旅行メディア「itta」



カウンター


総記事数:

ランキング
最新コメント
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
もろもろ!
旅の記憶
旅日記や城巡りなどの一覧
カテゴリ & ブログ内検索
カレンダー
05 | 2014/06 | 07
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -
最新記事
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
全ての記事を一気読み☆

※全記事一覧※

QRコード
QR
RSSリンクの表示