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36 倉吉の白壁土蔵群 ~山陰山陽父子旅~

2012.08.14(火)
父子が倉吉に着いたのは、すでに午後6時前で、お店はほとんど閉まっていて、閑散としていた。


倉吉は、まさにその地名の通り、蔵の良い場所であった。
白壁土蔵群のある町並みで
「打吹玉川」
は、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。

今回の山陰山陽父子旅では、初日の萩、2日目の津和野、3日目の倉敷と、毎日重伝建に立ち寄っている。

倉吉白壁土蔵群(重要伝統的建造物群保存地区)

写真では分かりにくいが、土蔵や町家は津和野でも見た赤茶色が特徴の石州瓦である。

おさらいすると、石州瓦は旧国名の石見国(主に江津市の都野津地区を中心に、大田市、浜田市、益田市)で生産されており、寒冷地に適した材質であることから日本海側の豪雪地帯や北海道で重宝されている。

倉吉白壁土蔵群

プロムナードのような場所もあり、土地の人の憩いの場となっているようだ。
過去と現代がコラボしている。

倉吉 ひとまちひろば

過去と現代がコラボしている。
古ければ古いほどいいというものでもなく、現代においても実用性・存在意義のあるものこそが真に価値のあるものなのかもしれない。

倉吉の風景

大蓮寺
浄土宗の寺院だ。

倉吉 大蓮寺 山門

本堂を見た瞬間ちょっとアレ?って思っちゃったけど、起源は養老年間(717年~723年)とされ、なんと日本書紀が編纂された頃である!

倉吉 大蓮寺 本堂

高田酒造
レトロ!

倉吉 高田酒造

豊田家住宅は登録有形文化財

倉吉 豊田家住宅

倉吉の町並みは、玉川の流れとともにあると言ってよい。
そう太くもない流れに寄り添うようにして白壁の土蔵が林立している。

倉吉の町並

できれば背後の打吹山城に攻め入りたいところだったが、何しろ時間が押してしまっていたので仕方なく諦めた。

このあと、はわい温泉の夕食が待っているのだ♪♪


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35 道の駅 大山恵みの里

2012.08.14(火)
月山富田城で豪雨による篭城戦を強いられ、境港へ立ち寄るのを断念した父子は、一路倉吉を目指し、途中鳥取県に入ったところで、
道の駅 大山恵みの里
に寄ってみた。

大山は、標高1729mの火山である。
この道の駅では大山の恵みをコンセプトとして、ご当地の食べ物などを販売していた。

道の駅 大山恵みの里

白バラシュークリーム♪
白バラとは、大山乳業農協のご当地牛乳のブランド名。
この記事を書いている時期(2013年)、なんと「FOODEX JAPAN2013」にて「ご当地牛乳グランプリ」で「特選 白バラ牛乳」がグランプリ・金賞に輝いた!

白バラシュークリーム

妖怪たちものむヨーグルト ブルーベリー
境港のゲゲゲの鬼太郎PRが大成功して、妖怪モノも大盛況だ。
もちろん、新鮮なブルーベリーヨーグルトで美味しかった♪

妖怪たちものむヨーグルト ブルーベリー

大山高原 カフェ・オ・レ
牧場の味。やっぱりご当地ものはご当地で頂くのが一番!

大山高原 カフェ・オ・レ

小休止に立ち寄ったけど、色々ご当地の食べ物、とくに梨とか、牧場系のものがあって楽しい道の駅だった(*´∀`*)


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34 多古鼻で対岸盗り! (回想録5)

2009.10.11.12:00(日)

一行が島根県最北端の多古鼻(たこばな)にやってきた理由はただ一つだった。

「ケータイ国盗り合戦」

この携帯ゲームは、いわゆる位置ゲーで、全国600ヶ所の国を、GPSで位置情報を取得してゲットしていくゲームだ。

佐渡や隠岐など、島に渡るのがめんどくさい時は、対岸から島の位置情報を拾って国をゲットするという荒業があって、浦賀人は5人中3人がハマり、残り二人の迷惑を一切考えず、ここ多古鼻で対岸盗りに熱中するのであった。


多古鼻は、マリンパーク多古鼻といって、キャンプなどができる場所やコテージが整備されていた。

多古鼻マリンパーク

島根最北端なだけあって、かなりパノラマな日本海を堪能することができる。

が、3人は携帯のGPSにばかり目がいっている。
Nは比較的あっさり成功したが、残りのKとYが苦戦していた。

多古鼻から日本海

展望台から隠岐島が海の先に見えている。
深さで表情を変える海の色も、神の国島根とあって、より一層神秘的に見えるのだが、一行はお構いなしにGPSである。

隠岐島を遠望・対岸盗り!

「天空の岬」と称されるだけあって、先っちょから海は切り立った断崖になっている。

多古鼻灯台

そんなこんなで3人とも対岸盗りに成功し、大急ぎで撤収。
出雲大社に向かいましたとさ。


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33 世界遺産・石見銀山 (回想録4)

時は大航海時代!!
世界に出回っている銀のおよそ1/3が日本で産出した銀であり、しかも石見銀山の銀がほとんどであった。

下河原吹屋跡
下河原吹屋跡

石見銀山は平成19(2007)年7月2日、に世界遺産に登録された。
史跡としてはあまりポピュラーでもなく、また絵的にも観光地として一般的にウケるといった感じの史跡でもない。

しかし、世界大の視野で石見銀山の産業遺跡としての価値を見てみると、やはり世界遺産として認められた理由もなるほど納得なのである。

石見銀山は、要するに「環境配慮型」の産業施設であった。

鉱山跡を思い浮かべていただきたい。
禿山になって、草木の一本もなくなってしまった死の山。
地盤が崩れ、山としての機能を失ってしまい、薄汚く汚染された土地。

石見銀山は、見ての通り、自然の真っ只中にあるし、当時もそうであった。

世界遺産に登録されるのは難しいとされていたが、ユネスコの日本政府代表部は
「山を崩したり森林を伐採したりせず、狭い坑道を掘り進んで採掘するという、環境に配慮した生産方式」
を強調して紹介し、外交努力の成果が実ってついに世界遺産に登録されたのだ。

豊栄神社
史跡 豊栄神社境内

龍源寺間歩は、石見銀山を代表する坑道の一つだ。
実際に入って中を探検することができる。

龍源寺間歩

入口はやはり小さい。

龍源寺間歩入口

中もせまっ苦しくはないが、大人数はいっぺんに通れない。

龍源寺間歩に入る

一通り中の状況を見ると、昭和後期に開通した新坑道で外界に出る。

石見銀山 龍源寺間歩 新坑道

神社がいくつもある。

佐毘売山神社
史跡 石見銀山遺跡 佐毘売山神社

集落は静かだ。

石見銀山の集落

福神山間歩。
「自分山」といって、山師個人が経営していた時期もあった。

福神山間歩

清水谷製錬所
明治28(1894)年に創業したが、思いのほか採掘された銀の質が悪く、一年半でその役割を終えた。

清水谷製錬所跡

観光資源としては、廃墟っぷりが素晴らしく、天空の城ラピュタの遺跡を彷彿とさせ、なかなか見ごたえもある。

製錬所跡の石垣

忘れられた谷
そんな感じだ。

製錬所跡 ラピュタみたい

大久保石見守長安の墓。
石見銀山の最盛期を担った男である。
なかなかのやり手で、徳川家康や秀忠にその手腕を買われ、東海道の道普請も彼の手によるものである。

史跡石見銀山遺跡 大久保石見守墓

石見銀山の世界遺産対象地区は、この「銀鉱山跡と鉱山町」一帯に加え、

鞆ヶ浦、温泉津への街道である「石見銀山街道」
「港と港町」として、鞆ヶ浦 ・沖泊・温泉津重要伝統的建造物群保存地区が登録されている。

五百羅漢
石見銀山 五百羅漢

つまり、この時見た石見銀山は、全貌のほんの一部だったのだ。

代官所跡
史跡石見銀山遺跡 代官所跡

しかも、山吹城でかなり体力と時間を消耗したため、石見銀山の観光時間はかなりおざなり状態になってしまっていたことが悔やまれる。

城上神社
城上神社

いずれまた来よう。
そんなことを思いつつ、記憶も薄れる4年ほども前の記事を書き上げたのであった(^_^;)キジモオザナリ汗


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32 世界遺産・石見銀山 山吹城跡 (回想録3)

2009.10.10.12:00(土)曇ときどき晴

いよいよ世界遺産・石見銀山へ到着した一行は、城好きのNの希望で石見銀山内の山城・山吹城にまず登った。

世界遺産の城はなにも姫路城だけではない!!
この山吹城跡も平成19(2007)年7月2日に

「石見銀山遺跡とその文化的景観」

として、世界遺産に登録された。
城跡は国指定史跡で、銀山の西本寺に城門と伝えられる遺構も残っている。

山吹城跡 城門

いよいよ登城!
説明看板に登山口とあった。

山吹城跡 登山口

休役所跡
石垣が残る。

K「なんか大したことないなー」

山吹城跡 休役所跡

おっと、このノリ、ヤバい匂いが。。。
そう、山登りの匂いだ!!

山吹城跡 登山!

あー、あー、あー、・・・
延々と続く山道に、浦賀人は体力を奪われ、爽やかだった山陰の山風はいつしか消え、汗だくになった男たちだけがそこにいた。

いったい、あの賑やかだった観光地・世界遺産石見銀山はいずこへ(ーー;)

山吹城跡 山登り・・・

途中、階段の要所要所にはトラップとも言うべき動物の糞が・・・
その絶妙な配置が浦賀人たちをより腐らせた。


登山口から25分。
ようやく城郭らしき堅土塁が見えてきた。

山吹城跡 堅土塁

続いて虎口。

Y「これって城なの?」

山吹城跡 虎口

ごもっとも!!
そう思いつつ、遺構を探しつつニコニコしているふくらはぎが辛い(疲)

ようやく主郭。つまり本丸だ。

T「なんにもないね」

山吹城跡 主郭

N「ほらみろよ!城址碑!!これを見れば城好きは満足なんだ」

K・Y・T・TY「俺らは不満だがなヽ(`Д´)ノシンドイゾー」

山吹城跡趾碑

それ以降、Nは浦賀人と行く旅行では無理な山城攻略は避けるようになった・・・

浦賀人は、一般的にも魅力がありそうな兵庫の「東洋のマチュピチュ・天空の城」竹田城跡でもそこまでの感動は見せてはくれんかった。。。


ま、それはともかく、標高414mの要害山の頂上にある主郭からの風景は素晴らしかった!!

山吹城跡 日本海を望む

温泉津の町並みや、日本海や三瓶山、山陰の山々を見渡せ、ようやく汗だくの体も癒されるのであった。

山吹城跡 三瓶山を望む

一行は途方に暮れながら、ようやく山を下るのであった。

そんな中でもNは余念なく空堀を撮影。
温度差は半端ない。

山吹城跡 空堀

ようやく下山。
山を登って下るのに1時間ちょっとかかった。。。

甘南備杭の近くの石垣を眺め、その先の道にようやく石見銀山っぽい風景が見えてきて、ホッと胸を撫で下ろす一行でありました。

山吹城跡 甘南備杭付近


伝承では、山吹城は延慶2(1309)年頃、大内氏によって発見された銀山を防衛するために築かれたとされている。

すでに鎌倉時代の末期には砦のようなものが存在していたらしい。
銀山はその後、山陰地方を治める大小豪族・戦国大名の争奪戦の場となった。

大内氏から小笠原氏が奪い、3年後に大内氏が奪還。
尼子氏が奪い取るが、2年後にまた大内氏が奪還。
その後毛利氏が台頭し、大内氏を圧迫すると、間隙を突いて尼子氏が銀山を奪取。
しかし、勢力を拡大した毛利氏により、ついに石見の地は併呑される。

慶長5(1600)年、関ヶ原の合戦で戦国時代も終息の声を聞くと、天領(幕府直轄)となり、大久保長安が山吹城に入るが、時代は既に山城を必要とはしていなかった。

長安は便の良い大森代官所に拠点を移し、山吹城は城郭としての役割を終えた。


最後に繰り返すが、山吹城は世界遺産の城である(どーん!!)
K・Y・T・TY(いいや。もはや何も言いますまい)


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