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2012浦賀。夏のしらせ

 0:20。仕事帰りの浦賀にて、カブトムシをゲット!!

2012かぶと虫1

 更に、帰りの山道でメス一匹、オス一匹をもゲット!!

2012かぶと虫2

 帰りの道すがら、夏の訪れを知らせるカブトムシの発見で、家までいつもより倍近くかかってしまった・・・
 さらに、家の鍵は下の段まで閉まっており、締め出し・・・やっと入れても弟(夏休み)が風呂に入っているので、風呂に入れない(泣)

 即興で日記を書き、風呂空いたからさっさと入って寝ます(苦笑)

 明日も仕事。カブトムシ発見のテンションでが、がんばろう・・・おお。

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旅の親友、世代交代

 このたびデジカメを買い換えました♪

 長らくFUJIFILMのFinePix F50fd

FinePix F50fd

を使用していたけど、去年くらいからレンズに埃が入り込んだらしく、折角撮った写真にチロっと影が映るようになってしまったのだ(泣)

 F50fdの記念すべき「一枚目」は、
2008年5月1日(木)12:16 西山本門寺の織田信長公首塚!
 当時の語られぬ淡い思い出を象徴する一枚だったのです(苦笑)

真意を胸に口を閉ざせ!我らは歴史を紡ぐ者
F50fdの記念すべき一枚目

 私の旅キチはあの時からはじまり、それからは初めて買ったデジカメのF50fdを常に携行しながら諸国を放浪したものだ。
 あれから4年。数多くの落下の衝撃に耐え抜き、雨に打たれ風に吹かれ、極寒の、あるいは酷暑の旅路を供にした。
 F50fdを眺め回してみると、あちこちに傷があり、古傷はバリが丸まり個性となり、塗装は剥がれ落ち旅の壮絶を物語る年輪となっている。

 もともと一眼レフを使うほど本格的な画像は求めていない。
 ただただ、旅や遊び、色々な場面での楽しい思い出を撮りたい一心で買ったデジカメだったし、その目的は今も変わらない。

 まだまだ使える。
 傷も、ちょっと苦手な逆光や暗所の撮影も、旅から帰り写真を見返してみれば良き思い出となっている。
 愛着が半端じゃないから、中山道歩き終えるまで使おうとか散々悩んだけど、どうしても埃の影が気になってしまうので、新たなデジカメを買う運びとなった。

 これからは F50fd は欲しがっている親父にあげて、虎視眈々と狙っていたが拍子抜けとなった弟にも貸して、自分自身も使えるときには予備としてまた一緒に旅をしていきたいと思う。
 彼にはまだまだ現役で頑張ってもらわねばならないが、ひとまず私の手元からは旅立つこととなった。

本当に今までありがとう。たくさんの思い出を、一緒に作ってこれて嬉しかった!!



 そして、これからはそのF50fdの子孫、『FINEPIX F770EXR』

FINEPIX F770EXR

 と一緒に旅を続けたいと思う。記念すべき『一枚目』は、2012年7月22日(日)15:07。もちろんF50fd近影だ☆
 サイズも重みもちょっぴり増量で、今までのカメラケースに収まらなくなってしまった。新たに、四代目カメラケースも近日購入予定♪

 F50fdが光学3倍ズームだったのに対して、F770EXRはなんと20倍!
 もともと機能は多いと思っていたけど、今度も凄い数だ。多分使いこなせないなw
 画質は1200万画素から1600万画素へ。ずっと600万に落として使っていたけど、今度も800万に落として使おうと思う。デカイとパソコンが唸るから(爆)

 SDカードも1GB2枚と2GB1枚でじゅんぐり使ってたけど、今回買ったお店が8GBのSDカードとか液晶保護シートとか色々セット販売だったからこちらも一気にスペックが上がって撮影枚数も増えてよかったんだけど、パソコンがSDHCに対応してないからデジカメと直接繋ぐしかないみたい(汗)

 でも、こんなすげーイカしたデジカメ1万円台って凄いなぁ♪
 早く旅デビューさせたいぜ!!

 あ~ワクワクして来たぁ!!
 よろしくな、二代目!!


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中山道六十九次 27 加納城跡

 2012年5月13日(土)14:47 晴

 中山道寄り道中♪

 加納城跡は、徳川家康が西国大名の叛乱に備えて築いた城。
 宿場町としての加納の城下町は、城の防備の一環として整備されたのだ。中山道は加納城の大手門で直角に曲がる構造になっている。

加納城大手門跡

 加納城は徳川家康自身の縄張りで設計され、普請奉行を本多忠勝に据えた、いわゆる天下普請の城である。
 特徴は南北に広い長方形の縄張りであることだ。南北約600メートル、東西約300メートルであり、大手門は北側にあって中山道に面している。
 北側の大手門も珍しい。普通、北面は不吉とされ、埋門や不明門といってほとんど使用されない場合もあった。

加納城本丸石垣

 大手門から500m程で本丸に到達する。
 現在美濃地方にはほとんど現存していない石垣作りで、織豊時代中期から江戸時代初期に多く用いられた、荒々しいイメージの野面積の石垣である。

加納城野面積石垣

 本丸の背後は100m程度の大藪曲輪と呼ばれた曲輪が存在しただけということを考えてみても、やはり加納城とは中山道防備に特化した城郭の作りであると言えそうだ。
 
加納城本丸跡

 本丸跡は現在公園となっており、何組もの家族連れがいて、キャッチボールや犬の散歩など、ほのぼのとした風景であった。

加納城本丸土塁跡

 本丸の内側は土塁で守られている。完全に近世城郭に移行しきっていない時期の貴重な遺構と言える。
 城跡は国の史跡に指定されている。ほとんどの遺構は失われており、かつては荒田川と長刀堀を外堀とし、内堀も水を蓄えた二重堀の構造であった。
 二の丸には天守に相当する御三階櫓があり、本丸には天守台のみあって天守自体は建てられていない。なお、天守台は今回どこにあるか確認できなかった。
 北側は前述の通り中山道に面する宿場町だが、東側は武家屋敷が配置されていたと言う。

 建材の多くは関ヶ原合戦の後廃城となった岐阜城のものを転用し、天守も二の丸御三階櫓として利用されたらしい。

 加納城を後にし、岐阜駅へ向かう。

JR岐阜駅

 ひょっとすると、長いこと忘れられていたのは岐阜の方だったのかもしれない。
 織田信長によって名付けられた、当時の人には聞き慣れなかったであろう岐阜という地名は、江戸時代は中山道加納宿の名の陰に隠れていたと思われる。
 
岐阜駅の信長像

 岐阜から名古屋へ。そして名古屋から東海道新幹線に乗り、今回の中山道歩きも無事に終わった。
 新幹線の中で次回のルートを確認しつつ、少しづつ新幹線のルートから離れて、ローカルな旅がはじまる様な予感を抱きつつ、地元浦賀に帰るのであった。

岐阜~名古屋450円



 つづく








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中山道六十九次 26 河渡宿~加納宿

 2012年5月13日(土)13:15 晴

 次なる目的地、加納宿までは5.9km。江戸日本橋から53次、京三条大橋から17次目である。
 加納は加納という名称では全くといって良いほど知名度がない。

 「岐阜」

 といえば、通りがいいだろう。

河渡、長良川から岐阜の町を望む

 河渡宿の先、長良川から金華山(岐阜城)がぽっこリ望める。

岐阜城超遠望

 駅前のビルも望めるが、5.9kmって、あれほど遠いものかと驚いたりもした。

13:28
鏡島湊跡

 長良川を渡り、旧道へ入ると、鏡島湊の説明看板があった。平成22年と、最近設置されたものらしい。
 鏡島湊は、岐阜城下町の外港として織田秀信が天正二十(1592)年に整備している。
 織田秀信、ひょっとしたら三法師と言ったほうがピンとくるのかもしれない。彼は織田信忠の子、さらに言えば織田信長の孫である。
 本能寺の変で信長および信忠が死んだ後、羽柴秀吉の奇跡のような天下簒奪マジックによって、織田家は没落し、岐阜城を中心に美濃13万3000石を食むだけの大名となった。
 岐阜中納言と称された秀信は関ヶ原の合戦では石田方につきその前哨の段階で岐阜城に籠城し敗北したが、命だけは赦され、剃髪し高野山に上ったが若死にしている。
 その織田秀信もこうして内政を執り行っていたことを思うと、感慨深いものがある。ただのおぼっちゃま君ではなかったのかもしれない。。。
 もっとも、そのころの秀信は13歳程度の少年で家老が代行していたのではあろうが。

加納へ、旧道を行く

 しばし旧道を行く。
 秀信に関してもう一つ、彼は岐阜城にて敗北した時、自筆で家臣に感状を書いたらしい。感状はこの場合、次の仕官先での有効な履歴書となる。
 城が落ちるというときに、家臣の再就職について思い至るというのは並みのことではない。眉目の秀麗さは信長譲りと定評のあった彼だが、世が世であれば、天下を取り仕切る才能をも発揮する逸材だったのかもしれない。

13:44
加納への旧道の水路

 旧道の続く水路には、小魚の群が沢山泳いでいた。
 思わず身を乗り出して魚達の動くのに見入ってしまった。子供の頃、よく浦賀の排水溝の近くでザリガニとりやフナ、ドジョウとりをやったのを思い出す。遠い日のことだ。

 旧道は、広めの道路を斜めに、垂直に突っ切って加納宿へと続いている。

加納宿西番所の手前 14:23
加納宿西番所の手前

 やがて加納宿の西番所跡に到達する。今回も大体時間通りに歩いているが、なんとなくあっという間の宿場間だった。

加納宿西番所跡

 JR東海道線 岐阜駅の見える通りを突っ切ると、本格的に旧宿場内となる。

加納宿脇本陣跡 14:36
加納宿脇本陣跡

 ほどなく工事中の敷地の外側にぽつんと脇本陣跡の碑が置かれていた。
 使用しているガイドブックには脇本陣1軒とあるが、石碑は2つあった。

加納宿脇本陣跡2

 本陣跡は新築の民家となっており、玄関先に石碑と説明板が掲示されていた。

加納宿本陣跡

 そして本陣跡も2つあった。

加納宿当分本陣跡

 加納宿は西国大名の叛乱を警戒して加納城と共に整備された防御の城下町であった。
 この項の最初に思わず岐阜と言ってしまったが、岐阜はここ加納より北方で、城下町としては関連が無いと言って良さそうだ。

 本日の中山道はここまで!
 いやぁ、疲れた。日差しも紫外線が強いらしく、長袖だから手の甲だけ日焼けしてちょっと恥ずかしい感じになってしまった・・・
 やっぱり最初の佐和山ダッシュを2日間引きずった感がある。それにしても、目標どおり歩けたし、大垣の朝巡りも妥協無く充実したものになった。体力は結構ついているのかもしれない♪

 ちょっと時間もあることだし、次回寄ろうと思っていた加納城跡へ行ってから帰路に着こうと思う。

旅籠 二文字屋のうさぎモニュメント 14:44
加納宿二文字屋のうさぎモニュメント



 つづく!!


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中山道六十九次 25 美江寺宿~河渡宿

 2012年5月13日(土)11:50 晴

 美江寺城跡から発し、次なる目的地、河渡宿までは4.7km。江戸日本橋から54次、京三条大橋から16次目である。

美江寺一里塚跡 11:51
美江寺一里塚跡

 取り立てて、というと失礼かもしれないが、このあたりは平野が続きがらんと開けている。

河渡へ。平野

 道が狭まる高札場跡をすぎると、しばし旧道を歩くことになる。

河渡へ、高札場跡

 幕府直轄地だった本田(ほんでん)のあたりには、代官所跡の説明看板が立てられていた。詳細は定かではないという。

本田代官所跡

 その先50分、無心で歩いていたからか、気がついたら河渡宿に着いていた。

中山道河渡宿

 河渡(ごうと)宿は宿内戸数64軒の中山道中最も小規模な宿場で、度重なる長良川の氾濫に悩まされ続けてきた。

河渡宿の様子

 これといった遺構は河渡一里塚跡の碑のまわりに宿場の説明碑があるくらいだった。

河渡一里塚跡
 
 時の代官松下内匠は度重なる氾濫被害に、このままでは宿場自体の存続すら危ういと感じ、宿場全体を5尺土盛し、その上に家屋を改築し氾濫の被害から宿場を救った。この功績から、村人は松下内匠を神と崇め、松下神社を建立し、功績を讃える碑を建てたという。

変速器相談の店 シマノサービスショップ
河渡宿のメカニック

 この地に遺構がないのは、水害ではない。
 大東亜戦争末期の無差別空襲で全焼したからである。
 こんな小さな村まで焼く気分は一体どのようなものだったのだろうか!?

河渡宿から岐阜を望む

 長良川は今でも渡し舟があるようだが、休業なのかビニールにくるまれた舟が転がっているだけだった。
 自然との闘いを刻んできた河渡宿をあとに、河を渡り今日の最終目的地、岐阜の加納宿を目指す。


 つづく


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日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
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