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中山道六十九次 16 柏原宿~今須宿

 2012年5月12日(土)14:00 晴

 美濃国最初の宿場、今須宿まで3.9km、江戸日本橋から59次、京三条大橋から11次目だ。
 柏原宿の東見附を過ぎ、道路の真ん中に消雪のパイプがある道を歩き左手の踏切を渡る。

柏原宿 消雪パイプのある道

 踏切の先、柏原方面への旧東山道の石碑がある。東山道は江戸幕府により中山道六十九次が制定される前に使用されていた旧道で、中山道と同じ道もあるが、所々更なる旧道に入る。この中山道歩きをしていて気付いたが、中山道と東山道は似て異なるものであった。

柏原方面へ、旧東山道碑

 長比(たけくらべ)城跡登り口の碑を左手に眺めながら寝物語の里は案外近い。

歴史街道 中山道 寝物語の里 長久寺へ

 車道のすぐ脇に、旧道だろうか?すぐに車道と合流したが、せっかくなので歩いてみた。

寝物語へ 車道の脇の旧道?

 その先10分ほどで近江と美濃の国境、寝物語の里である。

ひとり行く 旅ならなくに 秋の夜の 寝物語も しのぶばかりに 太田道灌
寝物語の里碑

 細い溝で線引きされた国境付近では、両国の番所や旅籠があり、壁越しに寝ながら両国の人々が話し合えた。このことからこの地は寝物語という、地名としてはあまりにロマンチックな趣の名で呼ばれるようになったという。

この溝を隔てて、確かに壁越しの寝物語は楽しかったろうな
近江国・美濃国境
 
 ここでは、母と幼子が車を停めて寝物語の碑や芭蕉碑で戯れたり写真を撮ったりしていた。どんな理由で寝物語に遊びに来たかはわからないけど、ちょっと印象的な風景だった。

おくのほそ道 芭蕉道碑

 踏切を渡り、国道21号を突っ切れば、もうそこは今須宿と指呼の間である。

14:27
これより中山道 今須宿

 国道を突っ切る道は本来の旧道ではなく、新規の道であるが、突っ切ったすぐ先に車返しの坂という旧蹟が残っている。
 荒廃した不破関屋から漏れる月光を見に京から赴いた二条良基は、この坂で関屋の屋根の修理完了を聞き引き返したという。

14:28
車返しの坂

 今須には、近江国に多かったベンガラの家屋が残る。つい最近知ったが、ベンガラとは紅柄(べにがら)が訛ったもので、紅柄の家ということだったのだ。散々今までベンガラべんがらと見聞きしてきたが、今更それを知ったのである・・・

今須宿のべんがら家屋

 今須宿には常夜灯が多く、こんなエピソードが残っている。
 文化五(1808)年、京の問屋河内屋は、大名の荷物を運ぶ最中に、この今須宿付近でその荷物を紛失してしまった。途方に暮れた河内屋は、金比羅様に願をかけ、一心不乱に祈ったという。そのかいあってか荷物は発見され、喜んだ河内屋は常夜灯をお礼に建立したという。

今須宿の常夜灯

 また、往時最大で7件あった問屋場(ここでは『といやば』でなく、『とんやば』の表記)の内一軒、山崎家が民家とはいえ現存している。

今須宿問屋場跡

 旧宿場町とはいえ、今では静かな民家の並ぶ旧道であった。こんなに静かでも、かつては脇本陣が美濃16宿で唯一、二軒あり、問屋場が美濃最多の7軒あったのだ。

今須宿の様子

 時の流れと流通の変化は道の様子をがらりと変えるが、歴史を大事にするこの国の気風が、石碑や碑文によって後世に往時の様子を伝えてくれる。

今須宿本陣・脇本陣跡碑 14:45
今須宿本陣・脇本陣跡碑

 本陣跡は現在小学校の敷地となっている。
 さて、柏原から45分、さらりと美濃国今須宿へ到り、次なる宿はいよいよ兵どもの夢の跡、関ヶ原である。古戦場の跡地も幾つか巡ってみたいが、街道沿いにはあるのかな??



 つづく





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テーマ : 中山道六十九次
ジャンル : 旅行

トラックバックテーマ 第1436回「1日に最大何km歩いたことがありますか?」

 これはちょっと自信があります☆

 私は中山道を歩く旅を毎月1回ぐらい敢行していますが、今年の4月7日(土)に、京都の三条大橋から武佐宿(近江鉄道武佐駅)まで、

『45.8km』

歩いたのが今までの最高記録です♪
これはガイドブックや資料にも載っている距離でもあるので、かなり信頼の置ける数値です(必死にPRw)!!

実際はちょっと寄り道したりもして50kmぐらい行っちゃってるかもしれませんが、ここは資料にのっとって45.8kmを公式記録にしたいと思います(どや顔)☆

歩いた時間は6:45~18:40で、11時間55分
歩数はNINTENDO3DSの記録で、74338歩

感想は、
「いや~・・・これは参った・・・何もねぇ・・・とりま、風呂!!」
でした(汗)
今後、これ以上歩ける気はしませんね、無理っす。


ちなみに、その間のブログに費やした記事数は6記事です・・・

是非読んで下さい☆ → 中山道のブログ


こんにちは。 トラックバックテーマ担当の水谷です。今日のテーマは「1日に最大何km歩いたことがありますか?」です。水谷は、昔、7年くらい前に歩いて旅をしていたことがあったのですがその時に、1日で最大40km歩いたことがありました。荷物を持ちながら、景色も楽しんだりしたのもあって40kmの距離を歩くのに、8時間~10時間くらいかかりました。マラソン選手は、42.195kmもの距離を2~3時間で走ると...
トラックバックテーマ 第1436回「1日に最大何km歩いたことがありますか?」


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テーマ : 中山道六十九次
ジャンル : 旅行

中山道六十九次 15 醒井宿~柏原宿

 2012年5月12日(土)12:20 晴

 近江国最後の宿場、柏原宿まで5.9km、江戸日本橋から60次、京三条大橋から10次目だ。

東見附跡の枡形
醒井宿東見附・枡形

 醒井宿の東端、見附の枡形を過ぎ、5分ばかり歩くと一色一里塚の跡碑がある。
 碑石の傍らに植わっている松は、平成16年度近隣小中学生の卒業記念植樹だそうな。

一色一里塚跡

 巨大な「左 中山道」碑を振り返りながら眺めて、街道は国道21号と合流。

左中山道碑は江戸方面からの道標となっている
醒井宿・左中山道碑

 その少し先、ホテル リスボンを正しく左に入り、旧道へin!!

ホテル リスボンを左。

 右手にはリバーサイドのホテルが数軒、軒を連ね、左手には梓川の旧道の趣を残す松並木。ギャップのある道をゆく。

梓川松並木

 しばし梓川沿いの道。すっかり天気も良くなり、まさしく中山道日和だ。

柏原宿へ 梓川

 ここで、マップと標識に惑わされて、全然違う道を歩いてしまった・・・
 
梓川で痛恨の道間違い

 道ゆく道は道なき道で・・・
 クモの巣、ぬかるみ、竹やぶ・・・

てか、単なる竹やぶ・・・
梓川竹やぶ

 遂には崖を斜めに歩く様なありさま・・・
 
 ガラガラ!!
 ふいに足を滑らせて、木の枝を両腕でどうにか掴んで宙ぶらりん・・・こんな中途半端な崖で落っこちでもしたら、旅人としての恥辱!!それはもう、必死こいて火事場の馬鹿力。1回も成功したことないケンスイを、リュック背負ってるのにもかかわらず、ここ一番でやってのけ、どうにか急場は凌いだ。

梓川崖

 そして、この道は明らかに間違いなので、諦めて安全に川べりに降り、靴を脱いで靴下を脱いで、徒歩で梓川を渡り、旧道に復帰した。そもそも、あの橋を渡ったことがダメだったんだ・・・と今更ながら川辺の石に腰掛けて独り反省。

13:00
梓川徒歩渡り

 梓川の水は思ったより冷たかった。これはこれで気持ちよくて良かったw
 とはいえ、朝の佐和山城ダッシュと並び、ここでの梓川藪崖下りはかなり体力を消耗し、目立って足腰に疲労感が芽生えてきた。。。

歴史街道 中山道 柏原宿へ

 ようやく中山道に復帰して少し先で、本当はここで曲がるべきところに来た。
 小川坂で旧道は更に旧道へ入る。泥濘の道で、歩きにくい。
 この道は小川の関と呼ばれたところで、館跡の標識が建っていた。江戸期よりよほど古いものだと思われる。

小川坂 旧道から更に旧道へ

 そう長くはない旧道の旧道から出ると、柏原宿の枝郷の長沢(ながそ)である。
 天の川の源流、菖蒲池跡の先、太田道灌が一首詠んだ鶯が原を経て、柏原宿は目前だ。

聞くままに かすみし春ぞ しのばるる 名さへなつかし 鶯の原 13:26
鶯が原

 中山道の関ヶ原宿から番場宿までは九里半街道とも呼ばれ、木曽・長良・揖斐の三川から運ばれた荷物は、牧田川養老三港で陸揚げされ、関ヶ原で中山道に入った。

13:30
柏原宿石碑

 番場宿で船積の米原港道へ折れて行くのだ。醒井宿や番場宿で問屋場が多かったのは、この大量の荷物を運ぶために必要だったからなのだ。なるほど~☆

柏原宿西見附跡付近
柏原宿西見附跡

 西見附のすぐ先、江戸から数えて115番目の一里塚、柏原一里塚が復元されていた。青々とした青空に若木が風になびき爽やかだった。

復元 柏原一里塚

 旧宿場の雰囲気を楽しみながら歩く。徳川秀忠が建てた旧茶屋御殿の跡や、伊吹山を正面に眺めながらの風情が良い。

中山道 柏原宿

 柏原宿は水質水量に恵まれていた。150石の酒株が許可され、酒屋が数件合ったようで、大きな粕桶が酒造の跡に飾られていた。

造り酒屋跡の粕桶

 秋葉山常夜灯の建つ高札場(札の辻)跡の先、皇女和宮が宿泊した本陣の石碑があり、本陣・脇本陣ともに現在は民家だった。

柏原宿高札場跡

 柏原宿は、伊吹山を眼前に、閑静な道であった。

13:57
柏原宿伊吹山

 梓川でちょっと危険な目にあったけど、いよいよこの先の寝物語の里で岐阜県に入る。
 大分旺盛になってきた疲労感を抱え、柏原宿を出で、今須宿へと歩みを進めるのでありました。


つづく




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テーマ : 中山道六十九次
ジャンル : 旅行

東京スカイツリー

 2012年5月24日(木)

 22日にいよいよ開業した、東京スカイツリーに行ってみた☆
 浦賀から押上へ一本で行けるとは、なんとも便利~♪

ソラマチスカイツリー!

 まず見上げまくってカメラを真上に構えてみ~んなバシバシ写真を撮っていた。
 
駐輪場の櫓

 バスロータリーの向こう側には、駐輪場の上にちょっとした櫓が組まれていて、その高台からスカイツリーがなかなかGood!!

イーストタワーとスカイツリー

 ひととおり首の上下運動を終え、いよいよスカイツリータウン内部へ!

スカイツリータウンへ

 1Fのソラマチ商店街はたこ焼きやさんとか、キャラクターショップ、昔ながらの食堂やオシャレなお店もあって、凄い人ごみの中散策するのもなかなか楽しい☆

ソラマチ商店街

 商店街をそのまま突っ切って外に出ると、そこはスカイツリーの真下!!

真下からスカイツリー

 あ~これ、ドラゴンボールのカリン塔に似てるよなぁ・・・なんて思いつつwww
 変なモニュメントがあって、モニュメントの真下からのスカイツリーは・・・

あとはお楽しみ!?
スカイツリーの変なモニュメント

 3Fとか4Fには沢山ご飯屋さんがあって、昔ながらのお店から、イタリアンぽいお店やひつまぶし、天ぷら、丼物、ファミレスなどなど、とにかく色々あった。30Fには高級料理店がズラリとあったみたいw(゚o゚)w

つけめんの和服おねいさん

 お昼は横濱元町のキッチン jo'sでハンバーグ!美味☆
 メロンソーダフロートがおいしかったぁ(o^。^o)♪

jo's

 フロアーガイドを見ても、なかなか現在地がつかめず汗・・・

ソラマチからの風景

 何かと広いし、どこからがスカイツリーでどこからがソラマチか、そういったことが結局最後まで良くわからなかった(苦笑)
 
ソラマチ素敵スペース

 変な鳥キャラと一緒に写真とってみたり

チューされたw
ソラマチのアイドル誰だっけ?

 現代風なだけじゃなくて、ちゃんと下町の良さを取り入れたフロアーの雰囲気やお土産も見ているだけで楽しくなってくる(=^▽^=)

業平ちょうちんとわらじ

 あと、おねいさんは感じよくカメラ目線w

Jcomおねいさん

 取材中のバード羽鳥にも遭遇。

スカイツリーで取材中のバード羽鳥

 女の子ばっか取材してたw
 思ったより背高いし、格好が普通の私服っぽかった。

スカイツリーで取材中のバード羽鳥2

 一通りスカイツリーを楽しんで浅草に立ち寄ることにした。

隅田川とビールとスカイツリー

 浅草寺に向かう道すがらも、スカイツリーは色々な表情を見せてくれる。

隅田川とスカイツリー
隅田川から建設中スカイツリー2011

 以前にも同じようなところから撮っていた。2011年の春には、すでに634mに到達していたのだ。

浅草寺とスカイツリー

 浅草寺からもスカイツリーが見える。
 外人さんも大分戻ってきてくれたみたいで、色んな国の人が浅草やスカイツリーを感嘆しながら散策していた♪

下町とスカイツリー

 おまけ☆
 2010年の1月時点の写真もあった!!

建設中の東京スカイツリー2010
完成目前2011春
そして完成!!
2010.01・2011.04・2012.05

 想像以上に楽しかったスカイツリー!今度こそ展望フロアーに入れてもらおう
 (今日はもちろん門前払いでした・・・)


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テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

中山道六十九次 14 番場宿~醒井宿

 2012年5月12日(土)11:05 曇のち晴

 醒井宿へは3.9km。
 高宮~鳥居本5.9km、鳥居本~番場4.0km、醒井~柏原5.9km、柏原~今須3.9km、今須~関ヶ原3.9kmと、細切れに規則正しく宿場は続いている。当時で言うと、一里半、一里、一里、一里半、一里、一里といったところか。

番場宿よ!!w
郵便ポストと番場宿よ!!

 遺構の少ない番場宿であったが、手作りの標識が微笑ましい宿場でもあった。

柿ピー食べつつ醒井へ

 「くたびれた やつが見付ける 一里塚」
 と川柳にあるとおり、そろそろヘタばって来たなぁと思っていたら、久禮一里塚跡に出くわした。

久禮一里塚跡碑

 かつて、塚の右側には「とねり木」左側には「榎」が植えられていたという。
 旧道は気持ちのよい田んぼ道。機械で植えているところもあったが、ここでは田んぼに足跡があったので手植えをしているようだ。

醒井への田んぼ道

 国道21号と交わる樋口の交差点を突っ切り、水路のある樋口の旧道を歩く。

11:23
樋口交差点を突っ切る

 樋口の用水路は水量が多く、いかにも田植の時期といった趣となっている。
 今日、高宮から歩いていて気になったのは、耕作放棄地が多いこと。折角の土地も、耕して水を引かなくなれば荒地になってしまう。

樋口の旧道

 田んぼの風景と日本の歴史は一体と言ってよく、米の不作で戦になり、米の豊作で「くに」が潤い、日本人の感性を四季と共に育んできた。
 お世辞にも、自分が勤めている製造業が農業に優先されるべき産業であるとは思えない。

中山道400年を記念して平成14年に開館した茶屋道館
茶屋道館 河南区

 歩きながら真面目なことを考えていると、意外と時間が過ぎてゆくのが早い。歩いている時はもっと気の利いた文章が思い浮かんでいたのだが、こうしてパソコンに向かうとどうにも思い出せないのが歯がゆい。

東海道本線と河南のたんぼ

 一旦国道に出て、4・500m程で反対車線の旧道へ。六軒茶屋跡の先、醒井宿の入口に至った。

醒井宿へ!

 1日の行程の、半分くらいになるだろうか。関ヶ原までなら半分くらい。垂井までがんばればまだ半分も行かないぐらいだ。
 
醒井で本格的に晴れ間が出てきた 11:50
醒井宿

 醒井は、水に関する伝承が多く伝わる。京から下って最初の伝説地は、泡子塚なるものがある。
 説明看板によると、西行法師東遊の時、今では西行水と言われている泉の畔で休憩していると、眉目秀麗の西行に茶店の娘が恋をしたそうな。

西行水

 娘は西行が立って後、飲み残しの茶の泡を飲んだ所、娘は懐妊し、子をなしたといふ。
 後日、帰京の際再び醒井に立ち寄った西行は、娘からことの一部始終を聞き、
 「今一滴の泡変じてこれ児をなる、もし我が子ならばもとの泡に帰れ」
と祈り、

 水上は 清き流れの醒井に 浮世の垢を すすぎてやみん

と詠むと、児はたちまち消えて、元の泡になった。西行は実に我が子なりと、石塔を建てたとのこと。

熱心に塚を拝んでいたおばさんが、これが泡子塚よと、教えてくれた
泡子塚

 法師とはいえ健康な元武士の肉食系イケメンである。泡に戻ったエピソードは解釈が分かれようが、娘が懐妊したのには大いに頷けるのである。

醒井大橋

 醒井大橋という名の小さな橋から先が、本格的な宿場町だった場所となる。

 十王水は、平安中期の天台宗の高僧・浄蔵が開いたとされ、浄蔵水と呼ばれるべきところを、近くにあった十王堂にちなんで十王水と呼ばれるようになったという。

十王水
十王水

 醒井の町並みは、街道の左手に家々が並び、右手に地蔵川という清流があり、川を隔てて家々が軒を連ねている。

醒井の清流

 水の流れが町を形成する、実に気持ちのいい土地だ!

バイカモ・清流・水車・わし

 醤油店など趣のある商店も現役で、問屋場は貴重な現存建物だ。

醒井の醤油店

 問屋場は、通常宿場には1~2箇所だが、この醒井宿には7~10軒もあったという。問屋場は宿場を通行する大名や役人に人足・馬を提供する事務所である。

醒井宿問屋場

 大量輸送機関が無かった時代、物資運送は産業の最大の課題であったことを思うと、本陣や旅籠よりも、むしろ問屋場が宿場で最も必要不可欠な施設であったのかもしれない。そういえば、番場宿も問屋場跡の碑が多く見受けられた。

醒井宿問屋場内部

 風景になじめるようにゆっくり歩くと本陣跡が。
 お茶壺本陣というものがあって、将軍が飲むお茶を献上するため、山城の宇治から茶を運んだお茶壺道中の行列が、ここ醒井と守山の宿場で宿泊したという。醒井宿のお茶壺本陣は旅籠の越後屋にあり、専用の門や書院・茶壷を置く上段の間が設置されていたという。

醒井宿本陣跡

 地蔵川の流れは鍾乳洞からの湧水で、水温15℃前後に安定しており藻の一種であるバイカモが群生している。そのバイカモに寄生する水棲昆虫を好み、ハリヨが生息している。バイカモは水流を緩やかにする役割も果たしているため、ハリヨにとって産卵や巣作りに絶好の場所となっている。ハリヨの生息分布は極めて狭く、滋賀県東北部と、岐阜県南西部の水温20℃以下の清流のみである。

バイカモとハリヨ

 日本武尊(ヤマトタケル)が伊吹山で大蛇を退治したあと、大蛇の猛毒に苦しめられた日本武尊が、醒井の地へどうにか辿り着き、清流で体の熱を冷やすと、たちどころに猛毒の苦しみも取れ、体調も爽やかになったという神話がある。

居醒の清水

 そこが、居醒の清水と呼ばれており、醒井の直接の語源となっている。つまり、醒井とは神話に端を発する地名なのだ。

日本武尊の像 12:17
日本武尊の像

 感動的な風情の醒井宿を後に、中山道歩きは近江国最後の宿場、柏原宿へ向かっていくのである。



つづく

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日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
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