東海道五十三次 1 日本橋

2011年5月6日(金)曇・晴 日本橋 

 アオダイショウが、狭い道のど真ん中に居座ってふさいでいる。そいつをまたいで写真を一枚。旅のはじまりに蛇とは吉兆ではないか。浦賀の片田舎とはいえ、あんなに大きなアオダイショウは初めて見た。
 たいした事じゃないけど、旅の前にはそんなことがあった・・・

浦賀のアオダイショウ

 駅から迷いつつ(苦笑)日本橋に着いたのは、ほぼその日の正午。

結構迷った(汗) 12:00
日本橋

 日本橋は東海道の起点で、現代では橋そのものが重要文化財に指定され、周囲には日本橋にまつわる碑文や石碑が幾つかある。

日本橋魚市場発祥之地碑、他にも東京市道路元標、日本橋由来記などがある
日本橋魚市場発祥之地碑

 それらを丹念にカメラに収めるのだが、一つ難所があって、車がびゅんびゅん走っているど真ん中に「日本国道路元標」という標識が設置されているのだが、なかなか車の流れが止まらない。しばらく粘って、車が無くなった瞬間を狙い、道路の真ん中へダッシュ!

ささっと撮って、また走って歩道へ・・・
日本国道路元票

 撮影は見事に成功だった☆
なお、歩道側にはレプリカもあった。

 一通り日本橋の周りを徘徊し終え、ふと悩む。目に入っているのは
「うなぎ」
持っているガイドブックにも掲載されている老舗のうなぎ屋。一身上の都合により、なるべく今回は貧乏旅で行きたいのだが・・・

 ・・・かつて東海道を歩いた人々の多くも、出立の前に鰻を食べて精魂をつけたらしい。。。

♪( ´▽`)鰻

 老舗、宮川の味は、関東風の焼き加減で、味もおいしかった。さすが老舗!

日本橋宮川の鰻

 江戸前の味をまず堪能し、これから始まる長い旅路への大きな活力となった!
 
 鰻を平らげて、いざ東海道!
 出発間際に、日本橋から首都高速の高架下を流れる日本橋川を眺める。

日本橋からの眺め
日本橋からの眺め

 近年、これではみっともないから景観を良くするために首都高速を取っ払って別のところへ移すか、日本橋を他の場所へ架け替えようと言った機運も在るようだが、個人的には、これはこれで現代風の風流。という言い方も案外できると思った。あと数十年も経てば、首都高速も立派な使用可能な文化財となるであろう。

いよいよ!

 いよいよ東海道五十三次の旅が始まる。この旅は、今までしてきた旅とは大きく異なることがある。それは、「自分の足で歩くこと」だ。もちろん行き帰りに電車なんかは使うけど、東海道と呼ばれる道の全てを歩ききる・・・踏破するのが目的なのだ!
 
 この大都会から始まる道のりは、一体どんな物語になるのだろう。
 静かな昂揚が心身を包み込んだ。


 つづく



※日本橋MEMO※
◎参考地図
日本橋
日本橋宮川(鰻屋)
◎会計
・交通費(行き)電車¥760
・食べ物 昼食 日本橋宮川 鰻お重¥2850・肝吸¥250

・小計¥3860-


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東海道五十三次 前口上

2011年5月5日(木)

 起点は、江戸日本橋、終点は京三条大橋。
乱世を制した徳川家康は日本橋を起点に、五つの街道を整備した。人呼んで
「五街道」
その一つが、

『東海道』

である。
 東海道は、全長およそ492km。古い言葉で一一六里六丁一間。
 その道中に、五十三の宿場が設置された。これが

『東海道五十三次』

である。

 かつて、いや、現代においても、東海道は日本の交通の最重要幹線である。
 旧東海道のほぼ同一線上に、自動車道では「東名高速道路」「新名神高速道路」「国道一号線」鉄道では「東海道新幹線」「東海道本線」と、言わずと知れた日本の大動脈であるインフラが整備されている。
 現代では、東海道と呼ばれた道は、基本は国道一号線であり、時に閑静な住宅街を、時に露店で賑わう商店街を、時に峠道を、時に昔風情の旧道を、紆余しつつも関東から近畿を貫いている。

 俺は、その道を、歩く。

 そもそも、東海道中膝栗毛の、膝栗毛とは何か?語呂は良いけど、一体何のことか、俺も調べるまでよく知らなかった。
 膝栗毛の『栗毛』とは、馬の種類を現す。『膝』は自分の足。つまり、膝栗毛とは自分の足を馬の足と見立てた、徒歩の旅のことを言う!

 旅部内からの評判はいまひとつで
「意味がわからん」
「歩いて一体何なんだ」
うんぬん。大した理解を得られない。
以外だったと言うと失礼だが、この件に関して、
「すご~い」
「いいなぁ」
などと褒めそやしておだててくれたのは、女性陣だった。

 情けないことに、戦後の日本男児は欧米列強に去勢された連中ばかりだったorz
 女が強く、男が弱い次代なのだ
 女が強いのは良い事だが、男が弱い国は、古今東西例外なく滅亡している。


 かつて龍馬が駆け
 かつて家康が歩き
 数多の先人が天下を夢見て往来した。
 かつてこの国の歴史が一陣の風と共に駆け抜けた。

 
 それだけで歩くに足る充分な理由になるではないか!


 歳をとってから老後の娯楽で歩くのも一興だろう。だが、
『東海道を制する者は天下を制す』
とまで言われたこの道を、無知で愚かな若い時代に、歴史に、天下に想いを馳せ、

 歩く。

 これこそ男の浪漫ではないか!?


 前口上として、
『道』を忘れ、忘れたことさえ忘れ果てたニヒルなネクタイ姿の倭人達に問うておく。


 ― この国に、もはや日本男児は滅びたのか・・・?
 ― かつて開拓精神にあふれ、遠い海の果てからやってきた「和」人は、最早滅び去ってしまったのか?


 では、行ってくる。
今度の旅は、長くなりそうだ。












(じーー…ん 決まりすぎて怖いくらいだ)


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トラックバックテーマ 第1362回「夕焼けの写真見せてください!」

全然無いもんだなぁと思いつつ・・・

夕焼け・・・
2009.11.14 家から撮影の一枚。

家から夕焼け

2009.5.4 石川県は七尾、城山展望台から能登島方面へ向けて。
夕焼けと言うより、夕陽・・・


城山展望台から能登島方面


一応クリックで大きな画像出ます。
これが全力でしたwww

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東海道五十三次 序

 今、憶いだしている。
 筆者は昨年の4月、まだ桜の散りきらない時期に、「東海道を歩いてみよう」と思い立った。

 実際歩き始めたのが、歩くにはもってこいの陽気だった5月だった。最初は10数kmで体中がガタガタになり、帰りの電車で貧血になったりもした。
 真夏の35℃の高温の中、汗が結晶になって、何で歩いているのか判らなくなって、それでも歩き続けた。
 いつしか、最長30kmを超える距離を歩くようになった。旅も遠くなるにつれ、宿泊をしての長丁場になった。

 季節が夏、秋と過ぎ、冬になった。

 およそ9ヶ月が過ぎた2012年1月15日(日)、筆者は江戸・日本橋から数えて五十二番目の宿場、草津本陣に立っていた。

 歩き始めの頃、構想として日記に留めようと思い立ち、実際に別の場所で作り始めもしたが、すぐに挫折した。そのまま記録に残さなくても、歩いたことに変わりは無いし、満足感に翳りもなかっただろう。
 しかし、今回再びこうして東海道を歩いた記録を、記憶を辿りながらもういちどブログの中で歩いてみようと思ったのは、鈴鹿峠を越えて土山、水口、石部と歩き、いよいよ京・三条大橋が夢物語で無くなったことを草津で感じたからだ。

 その時、この長い旅の終わりが見えた。
 見えてしまった。

 旅は早晩終わる。三条大橋はもう目の前。あと1回の旅路で終わらねばならない。

 その、惜別の想いから、歩き続けた東海道の記録と記憶を、いずれ人生の歩みの中で忘れ果ててしまう前に残しておきたい。と、思ったのである。
 なぜ歩くのか。何の目的があるのか。そういったことは、歩き続けた季節がこの稿を進めてゆく内に教えてくれるであろう。
 ただ、意味や意義は、実は目的ではない。結果として何がもたらされるのか。歩き終わった時、何を感じるのだろうか。そんなことをぼんやり思いながら歩いていたかも知れない。

 最初の数稿は加筆修正版だが、箱根の手前からはオリジナルである。

 東海道中膝栗毛でもない、広重の浮世絵でもない、他の何物でもない東海道の道中記を、今ふたたび歩いている気持ちで書いていこうと思う。



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北陸飛騨浦賀人旅 ~3日目~

3日目 2011年5月1日(日)雨・曇 (2日目のブログ)


下呂の町並み
下呂の町並み

 最終日、朝風呂に入って、ご飯を食べ、温泉寺へ。
雨の中、結構な階段を登る。

  下呂温泉は昔、東の方、湯ヶ峰の山頂近くに湧いていた。温泉は万病を治し、下呂の人々はもとより、多くの遠方の人々にも親しまれていた。ところが文永2(1265)年温泉の湧出が突然止まってしまい、人々は大変嘆いたという。

温泉寺の階段

 その翌年。毎日益田川の河原に舞い下りる一羽の白鷺がいることに村人が気付いた。不思議に思いその場所に行ってみると、そこには温泉が湧いていた。白鷺は、村人にその地を教えると空高く舞い上がり、中根山の中腹の松にとまった。村人がその松の下に行ってみると、光り輝く薬師如来が鎮座していたと言う。

温泉寺

 白鷺は、薬師如来の化身で、村人達に再び温泉を授けたと言い伝えられている。温泉寺には、その薬師如来が祀られており、下呂の町と温泉を見守っている(説明看板より)

下呂温泉発祥の地、白鷺の湯 9:10
白鷺の湯

 温泉街でお土産買ったりふらふら町並み散策をして、なにぶん強雨に見舞われているので早々に下呂を後にし、世界遺産の合掌集落、五箇山に向かった。

 富山県の五箇山は、白川郷よりは地味だけど、その分コンパクトで気軽に観光できた。
集落は二ヶ所に分かれていて、菅沼合掌集落は五箇山ICから3分程度で行ける。

11:30
菅沼合掌集落

 展望広場から集落を眺めてみると、本当に小さな集落であることがわかる。かつての日本は、このように小さな集落が一つひとつのコミュニティとして成り立って、一つの国家を形成していたのであろう。日本は「ムラ」の「クニ」だったのだ。

12:15
菅沼集落展望

 続いて、相倉の合掌集落へ。こちらは菅沼よりも規模があり、施設も多かった。

相倉合掌集落

 菅沼から15分程だが、雪の深さが違うようだ。

冬と春の間

 関東南部で生まれ育った筆者には、雪と桜が共存している景色が珍しい。日本には四季しかないと思っていたが、どうやらそれは思い違いのようだ。日本には四季だけで分けられない多様な気候がある。

コーヒーセットは五箇山のお菓子と美味しいコーヒーを飲める
相倉でのコーヒー

 合掌集落でのお茶♪
ちょっとコーヒー飲みたくなったので、たまには日本家屋でカフェも乙かなと思いつつ・・・w
これはこれで贅沢な気分が味わえる。コーヒーは今回ほとんど飲まなかったので、ここへ来て美味しいコーヒーを飲めて良かった!

正面の山は人形山。標高1726m 13:40
相倉集落展望

 城端町の国道304号「フラワーライン」を走り富山市内を目指す。

散居村展望台 14:05
フラワーライン国道304号

 途中、越中一宮の高瀬神社がカーナビに映り、ちょっと悩んで、立ち寄ることにした。

14:25
越中国一宮 高瀬神社

 越中一宮の高瀬神社には、なでると幸福が訪れるというウサギの像があった。オオクニヌシを祀っている神社で、縁結びの神様である。浦賀人達は、それこそ一生懸命銅製のウサギさんをなでまわした。

なでうさぎ

 富山市内で、夕方のお昼ご飯w旅してると、時々時間感覚無くなるよねw

忍者うどん!さてその真骨頂は・・・!? 16:15
深味の忍者うどん

 氷見うどんという土地のうどんで、更に「忍者うどん」と銘打ってあるカレーうどんを食べた。
普段滅多に観光先の希望を言わないYが「是非行きたい」と言うので、うどんかぁ・・・と思いつつ忍者うどんってどんなもんかと思ったら・・・

ただのカレーうどんじゃござりませぬ

秘密です♪忍者だからねwww
でも、美味しかったからオススメです。
「氷見うどん 深味(ふかみ)」
ぜひその目でお確かめ下さりませ☆

高岡と射水を結ぶ万葉線 17:30
万葉線

 次に富山の雨晴海岸という、海と立山連峰と能登が一望できる名所に行ったが、まさかの大豪雨でな~んにも見えなかった

「雨降らし」海岸なんじゃねーの?なんて冗談にもならないぜ 17:45
無念の雨晴海岸

 旅終盤の名スポットとして楽しみにしてたのに、残念すぎorz

 時刻は18:00を廻っても根性の旅部の観光はまだ続く。 観光のラストは、これもY希望の末森城跡。

もはや日暮れ。 18:40
史跡 末森山古戦場

 最後は山登りでした(汗)
熊出没地区であるらしい・・・

19:15
末森城跡

 ここは石川県!さぁ、535km突っ走って浦賀に帰るぞぉ!!
・・・Yが道間違えてなかなか高速に乗れないアクシデントを乗り越えて、一行は帰路に着く。

 北陸自動車道、蓮台寺SA(21:20)、名立谷浜SA(21:45)と休憩し、23:00、上信越自動車道の東部湯の丸SAで空腹に耐え切れず夜食。そういえば、忍者うどん以来満足に食事をしていなかったことに途中で気付いたが、どのSAPAも時間で閉まっていて、ようやく湯の丸で食にありつけた(^^;)

 「山賊メガバーガー」を食べた。良かった!小腹が満たされたし、まだ距離あるけどこれで家まで・・・って

山賊メガバーガー

 でかいわーーーーーーーーーーーーーーっ(ノ゚Д゚)ノ 汗



 朝3時無事、浦賀人は故郷に帰り着きましたとさ!

 今回の旅は、以前行き逃したところも行けたし、天候が悪いのがアレだったけど、いつもどおり大満足の旅路だった!終わってみれば、あっという間の3日間。北陸飛騨の旅は終わった。

 





観光場所データ(あくまでも参考ですのでご理解を)

☆下呂温泉
・温泉寺
地図:温泉寺
拝観 :日没まで拝観自由
駐車場:無)
・温泉街
地図:温泉街
駐車場:市営駐車場1時間まで無料


☆五箇山
・菅沼合掌集落
地図:菅沼合掌集落
営業時間:9:00〜17:00
駐車場 :大型車 ¥3000(大型バス)中型車¥2000円(小型・中型バス)
     普通車・軽自動車¥500 二輪車¥100
     ※保存協力金としての駐車料金

・相倉合掌集落
地図:相倉合掌集落
営業時間:8:30~17:00
駐車場 :大型車 ¥3000(大型バス)中型車¥2000円(小型・中型バス)
     普通車・軽自動車¥500 二輪車¥100
     ※保存協力金としての駐車料金


☆高瀬神社(越中国一宮)
地図:高瀬神社
祈祷受付:8:30~16:30
駐車場 :無料


☆氷見うどん 深味
地図:氷見うどん 深味
営業時間:11:30~15:00/17:30~23:00(LO22:30)
     土・日・祝日11:30~23:00(LO22:30) 水曜定休
駐車場 :無料(11台)


☆雨晴海岸
地図:雨晴海岸
駐車場:無料(普通車18台 大型3台)


☆末森城跡
地図:末森城跡
駐車場:無料


☆東部湯の丸SA(上り)
地図:東部湯の丸SA


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