3 小城の満腹再来!「パフェ屋そらり」でランチ

三瀬トンネルが佐賀と福岡の県境だ。
トンネル抜け、いよいよ佐賀!

国道263の風景佐賀側

この道は、なんと5月に参拝した肥前国一宮・與止日女神社の横を通る道だった。
「ここがね、あそこがね、あの橋がさ、鯉のぼりがだるーんで」
そんな佐賀でのまさかの一人旅の思い出話を、嫁殿は食傷気味に聞きつつこっくりこっくりしていた。

小城はすぐだった。小城といったら、ドライブイン一平のカツカレーで大変な目にあった。それが5月。まさかこんなあっという間に佐賀に再来できるとは思わなんだ。

佐賀に越した、お世話になったご夫婦と再会!旦那さんは残念ながら帰り間際にちょっと会えただけだったけど。
前回のカツカレーに引き続き、奥様の案内で小城市内のお店へ。

「パフェがねぇ!美味しいのよ♪」

ドライブイン一平の攻略作戦を嫁さんと考えていたが、拍子抜けにもパフェ屋のランチだという。

パフェ屋そらり

とはいえ美味しいパフェとランチなら、きっとランチはそこそこに、やはり専門のパフェを楽しめるお店なのだろうと、博多うどんを食べて2時間ほどの三十路のお腹の期待が膨らむ。

パフェランチセットを注文し、お好きなパフェを選ぶ。
驚愕のメニュー数だ。こんなんが3ページも4ページも続く。

パフェ屋そらり メニュー

メニューだけ見てても飽きないが、やがてスープが出てきて、矢継ぎ早にメインも登場だ。

パフェ屋そらり パフェランチセット スープ

100gハンバーグと有明鶏のステーキだ。これをご飯で頂く。なかなかオシャレで結構豪華で美味しかった。

パフェ屋そらり ハンバーグセット

そして、本当のメインが登場!
左から
自家栽培(減農薬)さがほのか苺づくしパフェ
抹茶ミルフィーユパフェ
チョコミルフィーユパフェ

パフェ屋そらり 美味しくボリューミーなパフェ

わたくしは、さがほのかにそそのかされて、苺づくしにした。
これはうまーい!!ご当地苺は甘く、こだわりの熊本県産ジャージー牛乳の濃厚生クリーム。そして、こんだけのボリュームで、意味わかんないけど胃がもたれないという!

パフェ屋そらり パフェ

けっきょく。
小城の食事は、また満腹であった。今回はちゃんと生きてるw
それにしても、小城。小城って、やたら量多く盛る伝統があるのか?
気になる所であった。

旦那さんとの再会も果たし、ゆったり思い出話や今の話をして、すっかり過ごしてしまい、それでも後ろ髪惹かれつつお別れをした。次はいったいいつ会えるやら。

宿へのチェックインもあるので、別れたあとは大急ぎ(;'∀')

テーマ : グルメ♪食の記録
ジャンル : 旅行

佐賀(まさかの)一人旅 MOKUJI

2016(平成28)年4月30日(土)~5月3日(火)
佐賀(まさかの)一人旅

目次


1日目 4月30日(土)





2日目 5月1日(日)




























3日目 5月2日(月)















4日目 5月3日(火)












テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

48 肥前国一宮・千栗八幡宮の雨上がり

紆余曲折を経てやってきた佐賀。この佐賀旅も、すでに終わりを迎えようとしている。
散々降っていた4日目の雨は、ここに至りようやく小康となった。
もはや傘は不要であった。デジカメは湿気と温度差で結露気味。外装も剥げてしまった。

旅の最終目的地は、ふたつめの肥前国一宮・千栗八幡宮だ。

肥前国一宮・千栗八幡宮

せんくりでも、ちくりでもない。
ちりくと読む。
肥前国養父郡の郡司・壬生春成が八幡大神の御神託を蒙って、千根の栗が生い茂っているこの地に創祀した。これが神亀元(724)年と伝わっている。

栄光への石段と呼ばれる、146の石段上に社殿がある。
バルセロナオリンピックで金メダルを獲った柔道の古賀稔彦氏は、足腰の鍛錬のためにこの石段を駆け登っては駆け下りていたという。

千栗八幡宮 栄光への石段

ちりくと読むのは、壬生春成が猟をしているとき、八幡大菩薩の使いである白い鳩が弓の先にとまり、その夜枕元に白髪の老人が現れ「八幡大神ご臨降の瑞相である」とし、丸い盆に千個の栗を授け、この地に八幡大神を祀れと告げたという。
翌日、再び猟のためにその地を訪れると、逆さに植えられた千個の栗から、栗の木が一夜にして生い茂っていたことから、「くり」を逆さにして「ちりく」と言うようになった、と伝承されている。

千栗八幡宮 拝殿

祭神は、応神天皇とその父である仲哀天皇、そして仲哀天皇の皇后である、神功皇后である。
仲哀天皇は日本武尊(ヤマトタケル)の子であり、この辺りから神話の時代は終わり、日本史は動き出している。
五穀豊穣、厄除、国家鎮護のご神徳が篤いとされる。

千栗八幡宮 馬

写真はお粥堂という。
千栗八幡宮は、日本三大粥祭りの一つ「おかいさん」神事が行われる神社である。
おかいさんは、粥占いで、2015年は地震大いに見ゆ、で、2016年も地震見ゆとなっていた。
2005年の福岡西方沖地震の時は大いに見ゆだったから、もしかしたら当たるのかもしれない。

2月に粥を炊き、3月15日のカビの生え具合で占うという。別に地震だけではなく、豊作や事故、流行り病なども占う。

千栗八幡宮 お粥堂

境内からは久留米の町まで一望できる。
すぐ下に流れている古川が、もともとの筑後川だったと言われ、これが福岡と佐賀の国境となっている。

千栗八幡宮から久留米方面

下の写真。右が佐賀。左が福岡。

千栗八幡宮 古川

嫁と来れなかった佐賀の旅。
佐賀の端に至り、下道にて、福岡空港へ車を走らせる。


テーマ : 神社・仏閣巡り
ジャンル : 旅行

47 特別史跡!日本百名城!吉野ヶ里遺跡!

2016年。
GWの吉野ヶ里遺跡。
入園料無料期間中の特別史跡は、しかし記録的大雨のために人はまばらであった。

吉野ヶ里遺跡 2016大雨

12時をすぎ、本来大渋滞のはずの駐車場も難なく入れ、わざわざ迂回ルートを選んでばかみたいだった。

吉野ヶ里遺跡 入口

とりあえず、入口左のレストランでお昼を頂くことに。
お土産もみつつ、佐賀県産和牛ステーキ丼を食べる♪

吉野ヶ里遺跡 フードコート 佐賀県産和牛ステーキ丼

雨の留まるところを知らない吉野ヶ里遺跡を眺めつつ食事。旨し!
佐賀県産和牛は、ステーキ定食、ハンバーグ定食、コロッケ定食もおいしそう( *´艸`)
いかしゅうまい、ありたどり、弥生おぼろ膳などなど、佐賀の美味しいが揃ったレストランだった。

吉野ヶ里と佐賀県産和牛

で、テンション上がんないけど、日本百名城でもある吉野ヶ里遺跡を巡る。

雨に煙る吉野ヶ里

レストランのある歴史公園センターから天の浮橋を渡ると、当時の東の正門とされる場所である。
まず外側には柵が張られ、次に環濠。「環濠集落」は、この濠から来ている。そして、逆茂木という乱杭である。
逆茂木は、一見空からの侵入を阻んでいるような感じもするが、正面突破をしにくくしているのであろう。こういう仕掛けを見ていくと、なるほど吉野ヶ里遺跡を「百名城」とするのも納得が行く。これは「城」の一番最初の姿だったのかもしれない。

吉野ヶ里遺跡 環濠

でもいのししは侵入しているw

吉野ヶ里遺跡 いのしし

城に入って右手は、南内郭である。
南内郭は、王や支配者層の暮らす郭だったという。周囲のムラを治めていた支配者が暮らしていたという事は、この遺跡は中央集権的な権力配置であったということだ。

吉野ヶ里遺跡 南の櫓門から南内郭

とはいえ、偉い人が暮らす住居は簡素なものである。
いわゆる竪穴式住居だ。

吉野ヶ里遺跡 南内郭の守り

南内郭の物見櫓から内郭全体を見渡す。なかなかの見晴らしで、北内郭も見える。
晴の写真は2009年でよろしく。

特別史跡 吉野ヶ里

南内郭から、北内郭へ向かう途中、中のムラを通る。
ここは、祭祀の道具などを作っていたムラで、養蚕、機織り、祭器製作、酒造などが行われていた。
中のムラの名の通り、南と北の郭の間に、ものづくりの現場があるのが面白い。

吉野ヶ里遺跡 中のムラ

雨がひどくなってきたので雨宿りをする。
ビニル製の雨よけ靴も、ジッパのつなぎ目かつま先か、浸水が始まっているようだ。
そしてちょっと冷えるわ。

吉野ヶ里遺跡 中のムラの住居

中のムラにの先には高床倉庫、高床住居、屋根倉。
倉庫には祭祀に用いる道具、住居には司祭が、屋根倉には神に供える稲穂や種籾が収められていたとされる。

吉野ヶ里遺跡 高床倉庫

北内郭へ行く。さすがに堅固な柵が敷かれている。
入口は鍵型に折れ曲がり、さながら、近世城郭の枡形だ。

吉野ヶ里遺跡 北内郭入口

古代の政庁は祭祀の場でもある。三階建ての格段に立派な建物が神聖な儀式や重要な政策を神から賜る天主・主祭殿といえる。

吉野ヶ里遺跡 北内郭

主祭殿では、男どもの合議や、女を中心とした祭祀が行われていた。この時点では、多分日本の神は太陽であったろう。

吉野ヶ里遺跡 儀式

主祭殿で古代に思いを馳せていると、雨は遂に災害レベルにまで達していた。
それはもう凄まじい雨で、今までで体験したことのないくらいの雨量だった。整備された歩道は川みたいになってたし、傘さしても頭が濡れないくらいで他はびしょ濡れ。風がないのがせめてもの救いだったけど、その代わりに折りたたみ傘が雨漏りしたもんだから、頭も結局びしょ濡れになった。
自慢の靴ごと履くビニルの雨よけも浸水でぬっちゃぬっちゃだし、えらい目に遭った。

仕方なく吉野ヶ里遺跡のトイレと、車の中で着替えをする。といっても服は日数分しか持ってきてなく、濡れたのを絞って使う。靴は運転しながら足元暖房で速乾するとして(しきらなかったけど)、靴下がない。これは流石に水没したのを使うのは気分が悪いので、万やむを得ず昨日のを使用。やだな。。。

以上2016年の吉野ヶ里遺跡。ここからは2009年夏の吉野ヶ里遺跡を。

吉野ヶ里遺跡 カマキリ

梅雨明け直後の吉野ヶ里遺跡。
北墳丘墓。
右が祀堂。立柱には祖霊が宿った。門松の由来かもしれない。古来、先のとんがった場所に祖霊は宿ると信じられていた。
奥の台形が歴代の王の墓である。甕棺とともに、ガラス玉や剣が埋葬されていたという。やがて墓としての機能は果たさなくなった後も、祖先の霊が眠る場所として人々から大切にされたという。それってでも、墓だよね・・・

吉野ヶ里遺跡 北墳丘墓

南のムラの北部には広大な広場がある。ここでは祭礼などのお祭り(一般向け?)が行われていたらしい。そうとう広い。

吉野ヶ里遺跡 広場

笠かぶって喜んでるのがわたくし。若い。

吉野ヶ里遺跡 笠

夏の雲のため、日が陰ったりもする。ともかくこの日は暑かった。吉野ヶ里の背後に広がる山々。古代の人もまた、同じ景色を眺めたろうな。

吉野ヶ里遺跡

細かな暮らしぶりまで復元されている。南のムラは、階級の低い人たちが暮らしていたという。

吉野ヶ里遺跡

吉野ヶ里を城と見るなら、これは広大な惣構の城郭都市だと言えるだろう。この環濠の中で棲み暮らす。どんな日々だったろう。

吉野ヶ里遺跡 広場全体

倉と市が並ぶ場所もある。ここでは、他の集落(クニ)や海外の貿易品も並んだという。
市場みたいなものが、すでにあったということか。

吉野ヶ里遺跡 稲籾の倉

それにしても、広大である。そして、がっちりと張り巡らされた環濠は、吉野ヶ里周辺に外敵がいたことが窺える。その抗争に勝ったか負けたか、結果的にここは廃墟となり、歴史の中で忘れ去られることになる。

日本百名城 吉野ヶ里

吉野ヶ里は、稲作が伝来した弥生時代700年を通して栄華を誇ったが、やがて人々の暮らした南部は埋没し、南内郭付近には前方後円墳が築かれたという。

奈良時代には掘立柱建物があったとされるので、その後も人々はこの地を使用はしていたようだ。

吉野ヶ里遺跡 虹

大陸から来たであろう弥生人たちは、多分縄文人を追いながら東進したのだろう。古代の日本人はアメリカ人のように開拓精神に満ちていたようだ。

古代。これは考えるほどに難しい。そのかわり、想像はどこまでも膨らむ。吉野ヶ里に卑弥呼はいたのだろうか。日本人はどこから来たのだろうか。どこへむかったのか。多発したであろう自然災害にどうむきあったのか。大陸や半島が恋しくなかったのだろうか。

1000年前は平安時代。2000年前は弥生時代。次の1000年ではいったいどんな変化があるんだろう。。。


テーマ : 城址巡り
ジャンル : 旅行

46 世界遺産!三重津海軍所跡・・・

三重津海軍所跡は、広大な麦畑の先にある。

三重津の麦畑

駐車場は広くなく、ツイていることに、1台分だけ余っていたので、停めることができた。

佐野記念公園

2015年7月。世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」の構成資産である三重津海軍所跡。
もちろん、佐賀県で初の世界遺産である。

世界遺産 三重津海軍所跡 佐野常民記念館

ここにもアームストロング砲!
佐賀城にもあった。

三重津 アームストロング砲

佐野常民記念館から、三重津海軍所跡を一望できる。
雨がざんざんぶりで、こっちもさんざんな思いで来た中、スタッフのおばちゃんが歓迎してくれ、お茶を一杯出してくれた。
施設の展示を眺め、三重津海軍所跡を眺め、それにしても、よくまぁ世界遺産に登録できたもんだと、見た目荒野の三重津海軍所跡を見つめるのであった。

三重津海軍所跡展望

遺構としては少ないが、その歴史的価値は大きく、例えば日本初の蒸気船もここで産声をあげているし、ここで鍛錬を積んだ佐賀藩兵は、近代兵器と戦略を駆使し、函館戦争の五稜郭攻撃でも大きな戦果を挙げている。

三重津海軍所跡の目玉は、海軍所跡をVRスコープを通して見る屋外のものと、オキュラリフトというたまご型のカプセルに乗ってタイムスリップできる、いかにも楽しそうな屋内のものがある。

残念ながらVRスコープは大雨のために中止、オキュラリフトは子供たちのオモチャとなっており、諦めることに。。

三重津タイムクルーズ

外からも眺めてみた。
川べりの公園。そんな感じである。
ここから近代日本の破竹が始まったと思うと、時代の流れを感じてならない。

見えなすぎる世界遺産 三重津海軍所跡




テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

プロフィール

ぬたーむ

Author:ぬたーむ

日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
かもしれない☆
ブログはつれづれ、旅はガチ、歴史はぼちぼち
そんな毎日でありたいなw

★旅行ガイド専門サイト★
『たびねす』『itta』
に記事を寄稿してます☆
『たびねす』ではポイントを絞ってご紹介!
『itta』ではドタバタ道中も一緒くたの旅栞!
ぜひ見に来てね!

あとツイッターも…
『旅景より』


ぜひitteね(*´з`)

旅行メディア「itta」



カウンター


総記事数:

ランキング
最新コメント
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

最新トラックバック
もろもろ!
あの旅この旅
旅日記の一覧
カテゴリ & ブログ内検索
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
月別アーカイブ
全ての記事を表示する
全ての記事を一気読み☆

※全記事一覧※

QRコード
QR
RSSリンクの表示