37 米沢城 = 上杉神社

2009年10月24日(土)
2012年5月6日(日)

米沢城の記憶。
奇しくもどちらも曇り空であった。

米沢城跡 上杉神社境内

2012年はGW最終日。
桜はすっかり散り切って、米沢城の水堀を汚く染めていた。

米沢城跡 水堀

戦場でこれがはためくと、味方の士気は青天井。敵方は戦慄しおしっこをちびった。
毘、そして龍の幟。
毘は毘沙門天。龍は不動明王をあらわす。

毘沙門天は戦の神様で、北方の守護神でもある。
不動明王は龍が巻き付いた倶利伽羅剣で物的を滅ぼす、いずれもエネルギッシュな神たちなのだ。

米沢城跡 毘
2012

2011年4月に除幕された
天地人 上杉景勝公と直江兼続公主従像

米沢城跡 天地人 上杉景勝公と直江兼続公主従像

上杉謙信公之像も、もちろん高い台座に腰を下ろして鎮座している。
これは2009年の写真。微妙に紅葉していた。

米沢城跡 上杉謙信公之像

九月十三夜 陣中の作

霜満軍営秋気清
数行過雁月三更
越山併得能州景
遮莫家郷憶遠征

米沢城跡 九月十三夜 陣中の作

軍営に霜は満ち、清らかな秋の空気がおいしい。
雁が列をなし飛び去ってゆき、やがて月が真夜中の空を照らした。
越中、越後の景色に加え、能登の景色は素晴らしい。
家族が心配してるだろうな。ま、仕方ないか。

自分で訳してみたらなんだか味気なくなってしまった・・・


米沢城跡。松が岬公園である。碑や像の多い公園である。

上杉鷹山公之像。
なせば成る なさねば成らぬ 何事も
成らぬは人の なさぬなりけり

米沢城跡 上杉鷹山公之像 なせば成る

やればできる!
やらなんだらできない!どんなことでも同じ。
できなかったのは、それはやらなかったからである。

耳が痛い。

鷹山の像はもう一つある。

米沢城跡 上杉鷹山公之像

上杉謙信は新潟の春日山城の厠で逝去したが、その亡骸は甲冑を着て、甕に収め、漆で密閉されたという。
上杉謙信祠堂(御堂)跡は、その謙信の亡骸が安置されていた場所である。

米沢城跡 上杉謙信祠堂(御堂)跡
2009

米沢牛の恩人
チャールズ・ヘンリ―・ダラスの顕彰碑は、2007年10月に建立。2009年に来た時は気が付かなかった。

米沢の牛肉の味を気に入ったダラスは、横浜の居留地に帰る折に牛を一頭買いしてお土産に持ち帰った。その味が居留地で評判になる。また、お抱えコックだった萬吉に米沢で牛肉店を出店させる。これが米沢初の米沢牛肉店「萬吉」だ。さらに横浜の牛肉問屋と契約し、米沢さんの牛肉販売が始まった。これが米沢牛の始まりという。

米沢城跡 米沢牛の恩人 チャールズ・ヘンリ―・ダラス

米沢はまた、伊達政宗生誕地でもある。
米沢城は上杉が入った米沢城とは違うという説もあるが、米沢が生誕地なことは間違いないのである。
石碑は2011年12月28日に除幕された。

米沢城跡 伊達政宗公生誕の地碑

たしかに!2009年はこの地味な木碑だったのだ!

米沢城跡 旧伊達政宗公生誕の地碑

碑めぐりが楽しい米沢城。今は基本的に上杉謙信を祀った上杉神社である。

米沢城跡 上杉神社 鳥居

本殿の狛犬の筋骨隆々たること!

米沢城跡 上杉神社狛犬阿

境内の片隅に佇む春日神社。
春日大神は、代々上杉氏の信仰神なのだ。
その起源は1400年前に藤原遠成が上越の春日山頂に奈良の春日大社を分霊したことに端を発する。
春日山は、そう、春日山城。上杉氏全盛期の主城だ。

米沢城跡 春日神社

こうして、天気のイマイチな米沢城めぐりはおわった。なぜか城めぐりらしくないのは、碑が充実しすぎだからか、すっかり神社だからか

日本百名城 米沢城跡

直江兼続のかねたん。

米沢城跡 自販機にもかねたん

二回も来たくせに充分再訪の余地を残してこの地を去る。


テーマ : 城址巡り
ジャンル : 旅行

36 米沢牛炭火焼肉 さか野

月山湖PAの2012年GWは雪景色だった。その次の寒河江SAは、またまた雨だった。

月山湖PA雪景色

寒河江SAでは、最高に美味しいブルーベリー黒糖を購入。この後ブルベリ黒糖にはまるのだが、これ以上には出会えていない。


東北浦賀人旅Ⅱの最終目的地は米沢!
15:30。だいぶ遅いお昼ご飯になった。

米沢牛炭火焼肉 さか野

米沢牛炭火焼肉 さか野

米沢牛ツイン盛合せ(カルビ・ロース)

米沢牛炭火焼肉 さか野 米沢牛ツイン盛合せ(カルビ・ロース)

(確か)米沢牛特上いちぼ

米沢牛炭火焼肉 さか野 米沢牛特上いちぼ

米沢牛特上カルビ

米沢牛炭火焼肉 さか野 米沢牛特上カルビ

いうまでもなく、美味い。
前に米沢に来た時食べた時は、脂っこすぎて気持ち悪くなったけど、これでしっかりリベンジを果たしたぜ!

米沢牛炭火焼肉 さか野 米沢牛特上カルビ!

ほかにも「ほほみ」と野菜とご飯食べ、でも以外にリーズナブルな16000円。ひとり3000円と少し。
満足です!

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ジャンル : 旅行

35 鶴ヶ岡城跡 ~回想録⑤~

もとは大宝寺城といった。
鎌倉期以来、武藤氏が君臨していたが、戦国の波にのまれ滅亡。上杉、そして最上の支配となった。

建造物は一切残っていないが、城域の輪郭はほぼ原形をとどめている。

鶴岡城跡 二ノ丸西門跡 水堀

亀ヶ崎城の件でも触れたが、酒田湊に大きな亀が上がったことから、酒田の東禅寺城は亀ヶ崎城に、大宝寺城は鶴ヶ岡城と改称された。最上義光の作業である。

鶴岡城跡

大正天皇即位を記念し建てられた大寶館。
物産陳列場、図書館などとして使用されたという。市指定の有形文化財だ。現在は郷土人物資料展示施設。

鶴岡城跡 大寶館

藩祖・酒井忠次は徳川四天王の一人だった。
三代忠勝の時に入封し、幕末まで治めた。

江戸中期。日光東照宮の修理などで財政難に窮していた庄内藩は、本間光丘という男に藩財政の立て直しを求めた。日本一の大地主・本間家の財力については触れたが、庄内藩の財政危機を救ったのは他でもない、その本間家だった。

また、「三方領地替え」といって、借金まみれの武蔵川越藩主・松平斉典が、松平が庄内へ、庄内藩主酒井氏は越後長岡へ、長岡藩主・牧野氏は川越へ、という身勝手な転封願いを画策した際、庄内藩の領民が江戸へ出向いて幕府に領地替えの取り下げを直訴する。

普通、幕府へ直訴する時はバカ殿を引き摺り下ろしたいときと相場は決まっているが、この時ばかりは領民が酒井氏を守ろうと、直訴の無礼打ちの死罪覚悟で行動を起こしたのだ。この勇気ある行動と、酒井氏と領民との信頼関係を幕府は称賛。転封は撤回となった。

鶴岡城跡 中ノ橋跡

幕末・明治の戊辰戦争では、会津藩と佐幕派の双璧として戦い、凄まじく強かった。
本間家の資金力を背景に、洋式の銃を揃え、明治政府側に与した諸藩をなぎ倒し、戦えば必ず勝ち、敵を庄内の沃野には一歩たりとも足を踏み入れさせなかった。

庄内藩の進撃は、同じく洋式武装を整えた佐賀藩によって遮られ、やがて列藩同盟の国々がすべて降伏したことにより、庄内藩も降伏。一度も負けのない降伏だった。
総兵力の半数以上は農民だったという。

明治10(1877)年、領民により庄内総鎮守として初代、2代、3代、9代藩主の御霊を祀る荘内神社が本丸跡に創建された。

鶴ヶ岡城跡 荘内神社

現在は、御角櫓の復元計画があるらしいが、どうも進んでいないようだ。

鶴ヶ岡城跡 本丸御角櫓復元計画

この時2009年。今もそのままだろう。

鶴ヶ岡城 御角櫓跡

ふらっと、もう一度行ってみっかな。
雪の季節なんかいいだろうなぁ。
そんな事を思った。


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34 鶴岡 致道博物館 ~回想録➃~

庄内藩14万石の主城・鶴ヶ岡城。
その三の丸の一角、藩主の隠居所や藩の御用屋敷が存在した跡は、いま致道博物館となって庄内の歴史を今に伝えている。

入口付近の赤門は、明治の時と2004年に台風で倒壊したが、原材をなるべく用いて再建した。

致道博物館 赤門と旧鶴岡警察署庁舎

致道というのは、藩校の名からとったものだ。

旧鶴岡警察署庁舎は県有形文化財となっている。
外部窓廻りはルネサンス様式を採用しているが、屋根には大棟、破風妻飾りなど和式も取り入れ、木造入母屋造りである。なかなかの威容だ。

ちなみに2017年現在は解体修理のまっただ中で、致道館の公式サイトから進捗状況が分かるが、2018年6月に落成を予定している。

致道博物館 山形県文化財 旧鶴岡警察署庁舎

旧渋谷家住宅は重要文化財。
この「かぶと造り」と呼ばれる独特な輪郭を持つ民家は、田麦俣多層民家とも呼ばれ、出羽三山の一つ、湯殿山麓の田麦俣から移築したものである。

致道博物館 重要文化財 田麦俣の民家

江戸末期に建設された土蔵は、民具の蔵として、庄内地方の民俗資料を展示している。

致道博物館 民具の蔵

酒井氏庭園は、国の名勝に指定されている。
それにしても、三の丸の一角でこれだけの庭園と様々な移築建物を要しているとは、鶴ヶ岡城の当時の規模の大きさは相当なものだったはずだ。

致道博物館 名勝 酒井氏庭園

江戸屋敷から幕末に移築されたという御隠殿は、藩主の隠居所であった。
木材や瓦などは江戸から西廻り航路で運ばれ、酒田からは川船で運ばれた。

致道博物館 旧庄内藩主御隠殿

鶴岡のランドマークと言えるだろう。
旧西田川郡役所も、重文に指定されている。

致道博物館 重要文化財 旧西田川郡役所

明治天皇行幸の折には、宿所としても使用された。
鹿鳴館時代を偲ぶルネサンス様式。
いわゆる擬洋風建築で、庄内随一の棟梁として名を馳せた高橋兼吉と石井竹次郎の手によるものである。兼吉は旧鶴岡警察署庁舎も手掛けている。

致道博物館 旧西田川郡役所

見応え充分な致道館。
和様建築がどちらも見れる、貴重な博物館だ。


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ジャンル : 旅行

33 酒田 おくりびと/日和山公園

珍しい山王鳥居のある日枝神社。
神仏習合をあらわしたものだ。

ここは日和山公園。
酒田港のそばにある。

酒田 日枝神社

映画「おくりびと」のロケ地として有名な、旧割烹小幡。

おくりびとロケ地 旧割烹小幡

NKエージェントとして、登場した。
静かな映画だった。

おくりびとロケ地 NKエージェント

うちのおばあちゃんについたおくりびとは、ちょっと今一つだった。おばあちゃんの顔が変わってしまって悲しかったなぁ。
2012年。この旅の年に亡くなった。みんな死んじゃってたから、生存していた、たった一人のじじばばで、倒れる前まで家事を行っていた。立派なおばあちゃんだった。

さて浦賀人。
おくりびと、もっくんの雰囲気をまねようとするんだけどなかなかうまくいかん。てゆうかどうやったらこの軽い坂道でああいう歩き方になるんだ!

おくりびとロケ地 NKエージェント 旧割烹小幡

さて日和山公園。
木造六角灯台が素敵だが、いかんせん曇り空が・・・

木造六角灯台と最上川

奥の細道松尾芭蕉の像。
この旅で、いろんなところにいたなw
我々も負けてはいられぬ!

日和山公園 松尾芭蕉像

最上川の河口、酒田港を眺める。
歴史ある港は、今でも活用されている。

日和山公園から酒田港

さて酒田を後にして、最終目的地・米沢へ向かう。
その前に回想録をいくつか。。


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