24 うまじ温泉・ゆずごっそうのレストラン

うまじ温泉には、ご当地食材を満喫できるレストランがある。

馬路温泉 レストラン

安田川を望む絶好のロケイション。

うまじ温泉レストラン

メニューは色々。
あめごもある。福井の勝山のあまごの宿が思い出される。あめごとあまごは、同一だ。

あめごゆず酢定食を食べてみる。
ゆず酢がピリ辛で、あめごの美味しさを引き立たせると同時に、ご飯の進みが一気に数段階レベルアップする。こりゃウマい!ゆず酢(写真でちょっと見えてるやつ)は、即刻売店で購入し、沼田家の様々な食卓に並びまくっている。

うまじ温泉レストラン あめごゆず酢定食

土佐ジローゆず胡椒焼き定食(下の写真)はT、Kはゆず酢鳥。からあげも食べた。
土佐ジローは高知の地鶏。

うまじ温泉レストラン 土佐ジローゆず胡椒焼き定食

他にもてんぷら定食とか、うなぎ蒲焼定食とか、山菜定食、馬路温泉前駅プリン、ごっくん馬路村ソフトクリームなどなど、超楽しいメニューが並ぶ。

売店には馬路村のゆずの面目躍如で、凄まじい数のゆず商品が。
ゆずはちみつ。ゆずマーマレード、ゆずジャム、ゆずみそ、ゆずポン酢しょうゆ、ゆずドリンク、ゆずお肉のタレ‥‥‥‥‥これらが堂々と居並んでいる。ゆずドリンクに至っては、何種類もある。笑えたのは、温泉入口にある自販機も、ゆずドリンク関連がほとんどだった。

多彩すぎな馬路のゆずブランド

ゆずの村凄し!
馬路森林鉄道は、残念ながら本日はお休み。
こんど、子供が生まれたら再訪だな。

馬路森林鉄道

日本三大美林と称された天然林の魚梁瀬杉。
ぐぐっても青森ヒバ、秋田スギ、基礎ヒノキとでるが気にするな。諸説ありだ。

馬路森林鉄道 営業日は要確認

ミニ観光鉄道乗ってみたかったな。

馬路森林鉄道 無動力ケーブルカー

馬路村 ゆずだけの村 だけにあらず馬路村

タイトルのゆずごっそうは、勝手に造った。
土佐の漢を称する「いごっそう」と、ゆず、温泉の「ゆ」、ごっそりをごっそうとかけて、ゆずごっそうの馬路。


テーマ : グルメ♪食の記録
ジャンル : 旅行

23 ゆずの村・馬路村のうまじ温泉

中岡慎太郎の里・北川村から馬路村へ。
2ルートある。北川村深く分け入って、馬路道とよばれる県道12号を走るか、一旦国道493号を戻り、奈半利へ帰り、安田から県道12号を走り、こちらも馬路道を走るか。だ。

馬路村へ 安田川

ナビにしたがった。一回奈半利へ戻るルートだった。のんびりでも良ければ、酷な道を覚悟で行ってみても良かったけど・・

ようこそ馬路村へ

とまれ、小一時間で馬路村へ着いた。
ところで、北川村、馬路村と一口で言っても結構広い。浦賀人が訪れた両村は、北川村の柏木であり、馬路村の馬路という、ほんの一集落と言って良く、これをもって両村の全てを網羅しているわけではなく、ほんの一端を垣間見ただけなのである。

うまじ温泉

要するに!!
また来るかもしれない。

馬路村の、コミュニティーセンター うまじ温泉(馬路温泉)に着いた。
ここでも案山子のお出迎えだ。

うまじ温泉 エントランス

馬路村にはかつて、魚梁瀬森林鉄道という木材搬出用の鉄道があったが、昭和の半ばに廃線となり、いまは各所に点在する高架橋梁や隧道が当時を伝える貴重な文化財として遺っているのと、うまじ温泉の脇でミニ観光鉄道として復元され、子供や大人をも楽しませている。

馬路温泉駅前弁当は、祝休日に販売される。食べてみたかったなぁ。

うまじ温泉館内

さっそく、うまじ温泉に入ってみる。
リウマチなど、神経系統によく効くといわれる、湯治の湯だ。冬至にはゆず湯を、初夏からはバラたくさんのバラ風呂を楽しめる。

馬路温泉に入ろう

馬路村はゆずの村である。
ゆずは高知が全国でトップの生産高を誇るが、その中でもトップブランドが、馬路村のゆずであり、年商はなんとゆずだけで30億を超えるという。

なんでもゆずだ。
浴場のスキンケア品は、シャンプーもリンスもボディソープもゆずオイル仕込みだ。気に入ったらフロントで買うこともできる。

馬路村 ゆずスキンケア品

さて、温泉はというと、湯の華も浮かぶほどしっかりした温泉で、肌触りはつるつる。
安田から馬路村までずっと道路と一緒に走っていた安田川を眺めながらの半露天もある。

うまじ温泉 半露天

Nは早湯なので、KとTより速攻で出て、休憩所にてホッと一息。
ばら風呂のポスターが貼ってある。

うまじ温泉休憩室

予定に対し、時間はそうとう押している!
時刻は13:20。予定では安芸をとっくに過ぎている時間帯である( ゚Д゚)


テーマ : 温泉
ジャンル : 旅行

22 北川村 中岡慎太郎生家と巻の渕とかかし

中岡慎太郎館からすぐ。
おばあちゃん(かかし)が一心に里を眺めていたが、そこから中岡慎太郎生家も見える。

坂を下っていくと、慎太郎の生まれた家がある。

中岡慎太郎生家

昭和42(1967)年11月17日に復元された。
近江屋事件のあった日、つまり慎太郎が暗殺された日である。

もうそのテには乗らぬぞ。
かかしだろ!お見通しだ!

中岡慎太郎宅跡

生家を物見する。
床の間の壁のピンクはどういうことだろう。

中岡慎太郎生家内

かかしとはいえ、製作者さんの愛情を感じるのは、雑に置かれていなく、しっかり体位を決め、場にすっかりなじんでいるからだろう。
どうやら平成29(2017)年は4/29から5/7まで毎日、以降5/28までの土日(雨の日)に出没していたんだという。観光協会のFacebookが書いていた。

軒先のかかしは、慎太郎が幼少期に登っていたと伝えられる棗の木(平成22年に新規植樹)を眺めている。

中岡慎太郎生家のかかし

かかしの里・北川村の島という集落は有名らしい。
朝な夕な、このかかしたちを設置したその心意気を、中岡慎太郎も草葉の陰から見守っているだろう。

中岡慎太郎生家で酒盛りするかかし

すばらしい!みごと!感動しました(^^)

中岡慎太郎生家の一角に、大庄屋の仕事という案内看板があった。

中岡慎太郎生家全景

法令の告知や偉業に対する褒美の手続き、お遍路の差配、郵便運送の事務、年貢米の取り立てといった税務などなど、やることは沢山あって市役所みたいだ。

中岡慎太郎生家や中岡慎太郎館から歩いて8分ほど。
奈半利川には巻の渕という、少年中岡慎太郎が飛び込んだという絶壁がある。

北川村 巻の渕

渦を巻き、どのくらいの深さかもしれない恐ろしい渕に、何事もないかのように飛び込み、浮上したという。豪胆な性格の一端が知れる、中岡慎太郎の少年期のエピソードである。

かかしの里。北川村。
温泉もあるという。
もっと深く知りたい場所だ。
再訪を期したい。

テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

21 北川村 中岡慎太郎館とかかし

吉良川の町並みから大体30分。
奈半利から高規格道路が整備されている(無料)ので、アクセスは車ならそこまで大変ではない。

29歳で坂本龍馬と共に近江屋で暗殺された中岡慎太郎の生まれた村が、北川村、むかしで言うと北川郷である。生家の近くには、中岡慎太郎の功績がよくわかる中岡慎太郎館がある。

中岡慎太郎館全景

受付でごっくん馬路村をもらった。
高知では「幕末維新博」として、県内各地に地域会場を設けていて、慎太郎館もその一つだが、ごっくん馬路村はキャンペーンの一環として配布しているのだそう。

ごっくん馬路村と中岡慎太郎館

馬路村については次々回くらいに。

ごっくん馬路村 ラベル

中岡慎太郎館に入ると、幕末タイムトンネルがあって、くぐると中岡慎太郎の事績を展示したパネルや資料が置かれていた。一階は慎太郎の生涯を追い、二階は交流のあった志士たちの資料を中心に展示。

Nは相変わらずあっという間に資料館などの見学は終わってしまうので(大体のことって、ネットに乗ってるし、興味のある部分くらいしかちゃんと見ない。展示の内容よりも何故か展示の仕方、見やすさとか見せ方とかが工夫されていたら感心する・・)、館の外で中岡慎太郎に想いを馳せるのだ。

時は幕末(ジャーン!)。
北川郷の中心地であったこの柏木に、中岡慎太郎は大庄屋の子として生を受ける。天保9(1838)年のこと。龍馬にしても、慎太郎にしても、金持ちの家の子である。財力というバックアップがあったのは大きいだろう。何を為すにしても、まず先立つものが無くては動きようがない。

龍馬のついでに語られ、脇役登場が多い慎太郎だが、陸援隊や薩土密約など単に流行的に騒ぎ立てるタイプの「志士」でないことは明白で、大いに維新回天を周旋した幕末のキーマンの一人と言って良いだろう。

生誕160年の記念に建立された中岡慎太郎之像。脱藩する時の姿を現している。
傍に説明の石碑があるのだが、そこには記念誌や北川小中学校の生徒の文集がタイムカプセルとして埋蔵され、生誕200年の2038年に撮りだされるのだそう。

北川村 中岡慎太郎之像

それにしても、おばちゃんがずっとどいてくれない。いっちゃん良い角度のところにいるんだよなぁ。


・・・え


これは!

北川村 かかし

ハッとして、慎太郎之像を撮るときに必ずフレームインしてくるおばちゃんに駆け寄る。

恐る恐る顔を覗き込む。
あたりを見渡す。
あの人も
あの人も
あの子も

中岡慎太郎生家付近のかかし

ああああああ~~~!!!

北川村のかかし

かかし!!
ぜぜぜんぶかかしだ!!

中岡慎太郎生誕地が霞んでしまうくらいの衝撃を受けつつ、気を取り直して中岡慎太郎記念公園に行ってみる。中岡慎太郎館の右手にある。

中岡慎太郎記念公園

苔むした石碑がポーネグリフの様に置かれている。
石碑自体よりも、むしろその後ろに連なっている碑文が興味深い。

贈正四位 中岡慎太郎先生碑

中岡慎太郎の人となりがよくわかる。
書家としても、立派な才能を持つ男だったのだ。庄屋としての慎太郎や砲術を学んだことなど、さまざまな事柄に通じた教養を持っていたことも知った。

中岡慎太郎事績の碑

中岡慎太郎の正座をする写真を見ると、凄まじい目をしていることがわかる。右手を右頬に当てて微笑んでいる写真は、チャーミングな印象を受ける。

維新志士にチャーミングはおこられそうだが、単に一本気の融通の利かないイデオロギー尊王志士でなかったことだけは、よくわかった。


テーマ : 国内旅行
ジャンル : 旅行

20 重伝建 吉良川の町並み

重要伝統的建造物群保存地区・吉良川の町並みへ来た。
明治から昭和の時代、吉良川は土佐備長炭の集積地として大いに栄えた。

吉良川の町並み

「台風銀座」と呼ばれる程台風がひんぱんに上陸するこの室戸で、ほとんど独自進化と言って良い町並みや家構えが今でも残っている。

吉良川の町並み 妻側が赤れんが

大正15年から昭和40年頃まで郵便局だったのは、熊懐家住宅だ。
ポストは郵便局から寄贈されたもので、今では使用することはできない。

吉良川の町並み 熊懐家住宅(旧郵便局)

鬼瓦のちょんまげみたいな郵便マークがこじゃれている。

吉良川の町並み 〒郵便マークの鬼瓦

旧郵便局から路地に入ってみる。

吉良川の町並み 熊懐家住宅横の路地

吉良川の町並みにおいて、もっとも特徴的と言える「いしぐろ」という石垣塀が残る。
いしぐろは、強風から家を守るためのもので、吉良川においては浜石や川原石を主に用いている。

吉良川の町並み いしぐろに囲まれた民家

丸石や切石、空積や練積といった、様々に積まれた石の上に瓦が乗り、それぞれの家屋に個性を与え、装飾の面から見ても相当に風雅な佇まいとなっている。

吉良川の町並み いしぐろ

町並みは、室戸の地形をうまく利用している。
南海トラフなど大地震の恒例地でもある室戸では、海抜の低い土地から、地震で盛り上がった段丘があり、その先も長い年月で隆起した崖があり、さらに台地がある。

海に近い場所では、建物は二階建てで屋根は高く、段丘上の土地は一階建てで屋根は低い。屋根の海抜高さは両者ほとんど同じなのは、風が建物に当たらずに吹き抜けていくようにしてあるのだ。台地が、東から吹く室戸の凄まじい風から家屋を守ってくれてもいる。

吉良川の町並み 水切り瓦

また上の写真の様な水切り瓦も、横殴りの雨から漆喰の白壁を守るために工夫されたもので、上から滝の様に流れてくる雨水が、この水切り瓦をつたって地面に落ちるようになっている。耐久性は100年もあるという。

ほかにも、左瓦と右瓦が棟を挟んで葺き分けられている家屋が残っているが、これは、主に東から強風が吹く室戸の特徴に対応したもので、瓦同士の重なりを風下に持ってくることにより、雨水の侵入を防いでいるのである。

武井家の妻側(横)は、西の路地面は煉瓦で、吹き付ける強風に耐え、装飾としても華美な印象を与える。また、家屋の西側は二階であるが、東側は「つし二階」と呼ばれるもので、つしとは天井裏の物置とでもいえるもので、タンスなどの家具を収納している。

吉良川の町並み 武井家住宅 混合する二階とつし二階

炭問屋の細木家住宅。
今でも備長炭を商っている。
つし二階と水切り瓦、なまこ壁と格子、ベンガラの戸など、美しさに気品を感じる構えとなっている。

吉良川の町並み 細木家住宅 炭問屋の家

家と家の間。せまい。

吉良川の町並み 家と家の間

吉良川へようこそ。
いえ、こちらこそお邪魔しています。

吉良川の町並み 格子戸

ふいに良い香りがしてくる。
パン屋さんだ。

吉良川の町並み 徳屋のパン

キラメッセ室戸で買った西山きんとき芋クリーム大福がやっと融けてきたので食べつつ眺める。これも食べたいと思いつつ結構お腹はいっぱいだった。

吉良川の町並み ホームベーカリー 徳屋

細木家住宅にお邪魔。
ちなみに吉良川は細木家が多く存在する。

吉良川の町並み 細木家住宅 つしのある家内部

屋内をのぞいた細木家は、母屋の大屋根の中に二階が組み込まれた「つしのある家」

吉良川の町並み 細木家住宅 つしのある家

季節の花々が可愛らしく並んでいた細木家は、「格子のある家」

吉良川の町並み 細木家住宅 格子のある家

町並みの見所は主に北側にあるが、南側には御田八幡宮があり、参道の並びに観光拠点の施設がある。

吉良川の町並み 旧松本邸(まちなみ館)

旧長田家と旧松本家を使用したまちなみ館は、定休日は火曜で、トイレも完備されている。
おまつり館では、吉良川の歴史や伝統を写真などで伝えている。

吉良川の町並み おまつり館

誉田天皇、神功皇后、比羊神を祀る御田八幡宮。
重要無形民俗文化財の御田祭が西暦奇数年の5月3日に行われる。あれ?明後日だ!

吉良川の町並み 御田八幡宮 おんださん

御田祭では鎌倉時代から続いており、田楽や猿楽が奉納される。子授けの祭りとしても有名だ。
異説ではあるが、日本三大奇祭の一つとして数えられることもある。

樹齢500年といわれる御田さんのクスノキ。それこそ風雨にさらされながら強く強く生きている。

吉良川の町並み 御田さんのクスノキ

ソーラーでてろんてろん動くアイツら。

吉良川の町並み ソーラーのおもちゃ

それにしても土佐漆喰と水切り瓦の美しさは様々な町並みを観てきたが群を抜いている。
土佐と言えば「いごっそう」要は粗暴なイメージがあったりもしたが、それだけではなく、やはり日本人の先人の多くが有していた繊細な美的センスも持ち合わせていたのだと、認識が改まった。

吉良川の町並み 海

池田家住宅は、喫茶店「蔵空間茶館」を営んでいる。

吉良川の町並み 池田家住宅 蔵空間茶館

旧吉良川消防分団屯所。現在は機能していないようだ。

吉良川の町並み 旧吉良川消防分団屯所

台風銀座は、銀座なんていうと聞こえはいいが、つまり災害の常襲地である。地震も台風も、ほんらいもう住むのを諦めてもおかしくないくらい頻繁に当然に襲来するこの苛烈な土地で、それでも人は棲み、暮らし、そして涙ぐましいほどに美しさをも意識して、廻船を営み、繫栄した。

ひと口に「和の心」というが、その中にも細分化された多くの人々の想いが隠されていることに、もっと着目すべきであろう。


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