18 遠野③ ジンギスカンの串焼き

道の駅 遠野風の丘に立ち寄る。

意外や意外。
日本のふるさと遠野のソウルフードは、なんとジンギスカン!

1930年代から食べられたという遠野のジンギスカン。
遠野では、焼肉というと、ジンギスカンのことを指すくらい、当然のように遠野庶民が食すものであるという。

遠野名物 じんぎすかんの串焼き

道の駅 遠野風の丘に立ち寄り、じんぎすかんの串焼きを食す。
ジンギスカンの串焼きとはまた珍しい。

道の駅 遠野風の丘 じんぎすかんの串焼き

一般にジンギスカンは味付け羊肉を使うが、遠野では後付けである。
本格的にジンギスカンを食べるときは、バケツで焼いて食べる。
これをジンギスカンバケツという。

全国唯一と謳う、じんぎすかんの串焼き。
GWなどはテントで串焼きを焼く。思わず立ち寄っちゃうね!
普段は駅内の「こびる屋・風っこ」で営業してるんですって。

赤かっぱのじんぎすかんの串焼き

酸っぱいブルーベリードリンクを飲みながら、岩手とお別れだ。

岩手 ブルーベリードリンク

一路、秋田へと大返しをするのであった。


テーマ : グルメ♪食の記録
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17 遠野② カッパ淵

遠野には古くからカッパの伝説がある。
というか、カッパがいる。

遠野 カッパ捕獲許可証

捕獲には特別な許可がいるので、伝承園にて必要な手続きを行い、カッパ淵へ向かった。

遠野 カッパ淵へ

いつしか雨が上がり、梅雨の走りのような湿気の多さが肌にまとわりつく。
風はもともと吹いていない。

遠野 カッパ淵

我々は「カッパ淵の守っ人(まぶりっと)」なる人物にまず会った。
マブリットは古くからこのカッパ淵を守ってきた人物だ。
マブリットは本名でなくこの土地の称号のようなもので、すでに何代目かに継承されている。

遠野 カッパ淵の守っ人

単刀直入に、カッパは捕えられますか、と聞いたところ、それは君次第だ。とのこと。
ただ、美女であれば比較的捕えられやすいとヒントをくれた。

遠野 カッパ出現!

カッパ淵に祀られたカッパ。
カッパは乳の神様である。
乳首信仰なのである。
多くの男は乳首信者なのである。

遠野 乳首信仰

太公望よろしく、じっとカッパ捕獲の世紀の瞬間を待つ。
カッパは生存が確認されているとはいえ、捕えたという確かな記録は正史には無い。

遠野 カッパ捕獲

そして実は。緑の服着て麦わら帽子をかぶったわたくしこそが。

遠野のカッパ

カッパだったのです。嘘。

日本中に残るカッパの面影。
今回カッパは捕えることも目撃することもできなんだが、確かにカッパの棲息する可能性を遠野に見た!


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16 遠野① 伝承園

岩手県の広さは本州最大で、北海道に次いで日本で2番目の広さを誇る!
東北自動車道は岩手を縦貫してはいるが、本州の真ん中やや東を走っているとはいえ岩手でいうと西に寄っている。

岩手の東は、1000mを軽々超える北上高地の峰々が連なっており、その峰々を分けるように釜石や大船渡、久慈などに抜ける街道が存在し、山あいに集落が寄り添うように、そっと存在している。

その集落の一つ、北上山地最大の盆地・遠野盆地に、遠野郷がある。
猿ヶ石川は、その遠野に数々の伝説を残し、やがて釜石港へと流れ込む。

猿ヶ石川と桜

遠野は、大昔は湖だったというが、猿ヶ石川にその水が流れ込むことによって、盆地となり、やがて人が棲みついたと言い伝えられている。

猿ヶ石川 河童と桜

民俗学者・柳田 國男の名著である「遠野物語」はよく語られるが、未だ読んだことは無い。
この遠野へ浦賀人共と来たのは、カッパをもしかしたら発見できるかもしれない好奇心と、日本の古い風景詩を見ることができる土地であることをまっぷるか何かでしったからである。

永遠の日本のふるさと 遠野

この遠野が一躍脚光を浴びたのが遠野物語の影響であり、それが観光需要を呼び起こし、結果的に旅行雑誌に取り沙汰されたのであれば、今回浦賀人が遠野に訪れたのも、間接的に遠野物語の影響であると言って良いのかもしれない。


伝承園は、その遠野の農家の暮らしの再現を図り、後世に語り継いでいく施設である。

伝承園 帳場 乗込

日本のふるさと、とか、原風景とよく言うが、よくよく思えば土地ごとの風習があり、しきたりがあり、民謡があり、伝説があり、歴史があり、人がある。

帳場で入園券を購入し、カッパの帽子をかぶり(強制ではない)、伝承園に入場だ。

伝承園 板倉

週2~3回使われたという、湯殿の鉄砲風呂。
鉄砲と言われるのは、金属製の筒が据風呂に取り付けられているからだ。

伝承園 湯殿 鉄砲風呂

井戸や雪隠(WC)も再現されている。ほんとにこうした配置だったのだろうか。
蚕や馬、農業の神様とされた「おしらさま」を祀る「おしら堂」には、ある伝承が残る。

伝承園 つるべ井戸 おしら堂

オシラサマ伝説。
ある農家の娘が、馬に恋をしたという。
それを知って怒った父親は、馬を殺すのだが、娘も点に召され、オシラサマになったのだという。

これって、獣姦・・・!

日本は古来から性風俗は開放的であった。
春画にも、タコの八本の触手に犯される娘の姿が描かれていたりと、現代のアブノーマルに通じるものも散見される。
ふかくつっこむ気は無いが、一神教は性に厳格になりがちで、多神教は穏やかな傾向がある。
よくあんじゃん。男根を祀ってたり、アワビを祀ってたり。観たら笑っちゃうけど、昔の人たちはけっこー一生懸命信仰していたのだろう。

そうした遠野の民話、昔話を聞き書きしたものが遠野物語で、その遠野物語の語り部的存在というのが、佐々木喜善という人物だったのだ。
顕彰碑が、遠野集落の伝統的家屋である曲り家とともに設置されている。

伝承園 喜善顕彰碑と曲り家

菊池家住宅は重要文化財に指定されている。
元々は真っすぐな構えの家であったが、後に馬屋を土間で接続し、曲り家に改築したとされ、18世紀の前半に造られたとされている。

馬と共に人々が生きた遠野。
先程のオシラサマ伝説は馬を大切にする心に端を発して生まれた伝承なのであろう。

伝承園 曲り家 旧菊池家住宅 重文

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15 国指定名勝・猊鼻渓の濁流

止んだ雨はまた降り始めていた。
国指定名勝・猊鼻渓。

猊鼻渓 こいのぼり 濁流

舟下りが楽しい、水墨画の世界のような猊鼻渓。
の筈が。

猊鼻渓 濁流

猊鼻渓を観光地として開拓した佐藤猊巌(げいがん)も真っ青な豪雨による濁流。

観光どころではなさそうだ。

猊鼻渓 佐藤猊巌翁

雨天時は舟に屋根が付くというが、そういう問題じゃなく、まぁ、舟の船頭さんも困ってた。

名勝 猊鼻渓 2012

雄大な雰囲気だけは、雨のためもありより鮮明に浮かび上がっては、いる。

猊鼻渓 名勝 濁流

金さん銀さんも生前、訪れたようだ。

猊鼻渓 金さん銀さん手形

800年の伝統を誇る手すきの和紙・東山和紙のレターセットを、せめてもと当時の彼女今の嫁ちゃんに購入し、猊鼻渓を後にした。

猊鼻渓 東山和紙

致し方あるまい。
ときにはこんなこともある☆

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18・14 中尊寺 ~雨晴世界遺産~

2010.05.05(水)朝 晴
2012.05.04(金)朝 雨

黄金京・中尊寺へ来た。
ⅠとⅡの間に、東日本大震災があり、世界遺産の登録があった。
登録名『平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―』
境内は特別史跡に指定されている。

雨の中尊寺

山号は関山(かんざん)。
雨の方が雰囲気があるんだね。
山麓からの坂道を月見坂という。趣があるね。

中尊寺参道
2010.05.05(金)

嘉祥3(850)年の創建と言われる。
定かではない。

雨の中尊寺参道

12世紀。奥州藤原氏の初代・清衡によって大規模な堂塔伽藍の造営が行われた。
前九年・後三年の役で亡くなった者の御霊を鎮魂するため、と伝わっている。両役は東北で起こった戦乱なのだ。

関山中尊寺
2010.05.05(金)

立往生にて非憤の死を遂げた武蔵坊弁慶と、その主君・源義経の木像が安置されているという弁慶堂。

弁慶堂碑 鳥居
2010.05.05(金)

入母屋の金属板葺きの屋根で歴史を感じさせるが、江戸後期の再建とのこと。

中尊寺 弁慶堂 雨

霞んではいるが、遠くを見晴らせそうだった。ただ、見える限り田園風景だった。

弁慶堂から雨の景観

本堂は明治後期の再建。
どうしても金色堂周りに目が行って、本堂を素通りしてしまいそうになるが、こちらがメインのお堂なのだ。

中尊寺本堂
2010.05.05(金)

峰薬師堂には印象的な「め」の絵馬。
め のお守りは可愛らしいので、薬師堂の傍にある札所でお求めを。
買ってないのを後悔してたり(;・∀・)ヂツハ

峰薬師如来 め


そして、金色堂。
覆堂はコンクリだ。
パンフなどでよく使われるのがこれに近いアングルだが、あくまで金色堂は、あのコンクリの中に封じ込められている。

金色堂 覆堂
2010.05.05(金)

金色堂は国宝第一号指定で、写真撮影は厳重に禁止されている。
後に嘘つきマルコと言われたりもする、東方見聞録の作者マルコ・ポーロは、この金色堂のことを指して黄金の国・ジパングと書いてしまったとも言われている。


中尊寺は、「残っている」という事実だけで、実は世界遺産クラスの奇跡が起こっていると言って良い。
なぜかというと、源頼朝は、金色堂をはじめとした中尊寺を興した奥州藤原氏を完膚なきまでに滅ぼしたのだが、この中尊寺そのものは灰燼に帰すことはしなかった。

これが世界の人が思う日本の不思議であり、Nが毎度熱く語り始めて長くなるやつである!
世界の常識は日本の非常識。
日本人の精神は、敗者の文化を根こそぎ破壊するようにはできていない。

経蔵は、経典などが納められていた蔵。
鎌倉時代に創建されたと言われている。

重文 中尊寺経蔵

ここで一つ特筆しておきたい。
宝物館である、讃衡蔵(さんこうぞう)での出来事。
雨の降る中尊寺を楽しんでいたN一行。宝物館にも入り文化財を眺めた。
満足で館を出ると、井上陽水じゃないが「かっさが ない~」

傘パクられたわ。とんでもない輩がいるもんだ。
仕方なく傍の売店で売っていた傘を買ったものだが、こんちくしょうめ。

中尊寺竹林

奥の細道で有名な松尾芭蕉の銅像も置かれている。

芭蕉翁像 奥の細道
2010.05.05(金)

金色堂の今の覆堂の前にも、金色堂は覆われていた。
その覆堂も今や重要文化財だ。コンクリ覆堂も100年くらいしたら、重文になるのかしら…

金色堂覆堂 重文

中尊寺巡りも佳境に入ると、定番の神仏習合、白山神社があって、能楽殿は重文指定されている。

中尊寺 重文 能楽殿

白山神社は茅の輪くぐりが楽しい(*´▽`*)
北方を守護する神として、中尊寺を開山した慈覚大師円仁により祀られたという。

中尊寺 白山神社
2010.05.05(金)

こうして中尊寺巡りは終わるのだが、駐車場前にはいくつかお店があって、ご飯も食べれ、お土産も買えれ、なかなか気が利いている。

中尊寺駐車場 泉橋庵

泉橋庵というお店で浦賀人旅定番のうなぎを食べる。
もうちとご当地モノ喰えばよかったと思いつつも満足。しかしこれ、朝ごはんw

泉橋庵 うなぎ

無量光院跡に立ち寄る。
跡地なのに世界遺産指定されている。

特別史跡 無量光院跡

史跡としては、特別史跡である。史跡の国宝と言うことだが、名勝にしても良いような景観の美しさだ。
京の平等院を意識して造られている。平安京に対し、奥州京を目指したのだ。

無量光院跡 壮大

雨は今頃やんだ。
2010は晴。2012は雨。
ブログとしてはどっちつかず。

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ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
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