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7 萩八景遊覧船 ~山陰山陽父子旅~

萩八景遊覧船は、萩城の駐車場の近く、堀内地区とかつての二の丸を貫く指月川(萩疎水)から出発している。

指月川は萩城の遺構ではなく、洪水や火災など、防災上の理由で大正時代に作られた人口川だ。

萩八景遊覧船1

いざしゅっぱ~~つ!
観光地で遊覧船とかあまり乗ったことないからドキドキわくわく♪

いざ!!

まず正面に立派な観音堂のある観音寺が見えてくる。

観音院観音堂

指月川から橋本川に出て、常盤橋をくぐると、堀内地区の松並木が見える。
この松並木は、日本海からの風によって川の方向に傾いている。

日本海からの風で傾く松

平安古(ひあこ)地区の旧田中邸土塀が素晴らしい!

威容を誇る平安古地区の旧田中邸土塀

萩八景の玉江浦のあたりで旋回!
玉江橋と指月山がお見事♪

指月山を玉江橋と

元来た道を戻って、今度は日本海へ漕ぎ出す!!(エンジンだけどw)
普通では見られない、海からの萩城を見ることができる!

今度は日本海側へ

復元の銃眼土塀。
こんな壮麗な土塀が、往時は城を囲んでいたのだ。

復元の銃眼土塀

日本海に出過ぎないところで旋回~!
船頭さんいわく
「朝鮮までいっちゃうからねw」

萩八景遊覧船2

船頭さんが、乗り合わせた女の子に海の歌を唄わせ、乗っている一同が微笑ましく聞いていると、今度は船頭のおっちゃんが「では、お礼に私も一曲」
と言って、萩の民謡
「男なら」
を唄ってくれた。

萩八景遊覧船3

男ならお槍かついで お仲間となって
ついて行きたや 下の関
女ながらも 武士の妻
まさかの時には しめだすき
鏡じゃ ないかな
(オオシャリシャーリ)

男なら三千世界の 烏を死なす
主と朝寝が してみたい
酔えば美人の ひざまくら
さめりゃ天下を 手で握り
咲かす長州 さくらの花
高杉晋作さんは 男の男よ
傑いじゃ ないかな
(オオシャリシャーリ)


海にぷかぷか浮かびながら萩の風景を眺めている。
音はなく、おっちゃんの歌声だけが波間に響いていた。

私が男だったら、槍を担いで下関まで!
女ながらも武士の妻!
オオシャリシャーリ(おっしゃるとおり!!)

といった、誠に勇ましい女性の歌である。

船頭さんが民謡「男なら」

そうした盛り上がりの中、あっという間に40分の船旅は終わる。
船の屋根は、低い橋の所で下げることができるようになっていた。

屋根が下がる!!

真夏の萩の遊覧船の
良き思い出にとぞ
夏みかん

濃い濃いあま~い
夏みかんソフト♪

濃厚な夏みかんソフト

萩を堪能した父子は、萩に思いを残しつつ
一路。
津和野を目指すのでありました!!



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6 萩の朝 ~松陰神社・松下村塾とその周辺~

2日目 8月12日(日)6:45

萩本陣は、かの有名な松下村塾などの吉田松陰の旧跡がある松蔭神社が近い。

恒例の朝巡りは、親父がグズり、朝風呂に入ってからちょっと遅めの出発。

萩本陣
萩本陣

萩本陣から徒歩7.8分で松蔭神社だ。

松陰神社鳥居

境内には明治維新胎動之地碑など、維新の風を思わせる遺構が多々ある。

明治維新胎動之地碑

その中でも最高峰のものが、この松下村塾に他なるまい。
何と松下村塾の小屋は現存していたのだ(;゚Д゚)!マジカ

吉田松陰は、安政4(1857)年、実家の小屋を改造して、八畳の塾舎とし、一年後さらに十畳半を増築した。
松陰なんと27歳の若さである。

国指定史跡
松下村塾1

松下村塾は、一年足らずしか開塾していない。
その短い時間で、この粗末な部屋で学んだ塾生は、高杉晋作・久坂玄瑞・山県有朋・伊藤博文など、あるいは維新の原動力となり、あるいは明治政府の中枢に立つなど、多数の人物を輩出した。

松下村塾2

講義室は八畳。
こんな狭い部屋から、草いきれのように匂い立つ若者たちが大志を抱き、跳び立っていったのだ。

松下村塾3

余談であり、触れる必要はないのだが、この松下村塾の軒先に、犬の糞が落ちていた。
下らない話だが、記憶に鮮烈に残っているので一筆汚しておく。



松陰は伊豆下田で黒船への侵入に失敗し、獄につながれた後許され、広い邸宅の一室である三畳半に幽閉された。

国指定史跡
吉田松陰幽因旧宅

松下村塾の前身とも言えるこの小部屋でおよそ一年、父兄や近親者に講義をし、クチコミで門下生を増やし、私塾となった。

吉田松陰幽因室

松蔭神社から徒歩5分程。
伊藤博文旧宅があった。
言わずと知れた初代内閣総理大臣である。

国指定史跡
伊藤博文旧宅

像も立派な台座に乗って天に聳えていた。

伊藤博文公像

別邸もあるが、これは東京都品川区にあったものを移築公開している。

伊藤博文別邸

萩本陣に戻り、朝食バイキング!
すっかり空腹だ(´・_・`)

萩本陣の朝食バイキング!

バイキングでお腹いっぱい食べ、ホテル内のお土産屋であれこれと購入。
お気に入りは、吉田松陰の像と、アウトレット萩焼。
自宅で萩焼のお皿の上に吉田松陰が胸を張っている。

お土産横丁 萩往還のふぐ!
お土産横丁 萩往還

萩本陣ををチェックアウト。
昨日から気になっていた
萩八景遊覧船に乗るべく、萩城を目指し車を走らせた。



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5 萩本陣 ~会席料理と温泉と萩の夜景~

一泊目、萩温泉の萩本陣に着く頃、丁度夕立が降ってきた。

急いでホテルに入り、チェックイン!
部屋に入るとど~っと疲れが出た。

部屋はワケありの旧館で、エレベータとかが無く温泉もちょっと歩き、高級そうな雰囲気の新館と比べると、いかにも古めかしい一昔前のホテルといった雰囲気だったけど、安く泊まれるし、ウォシュレットもあり、二人としては万々歳だった。

少しまったりとして、夕食へ向かう。
すっかり空腹だ。

夕食は、会席。
長州鶏治部煮鍋や、山口県さんのコシヒカリなど、地産地消のメニューだ♪

萩本陣の会席膳

あらかぶの煮付け
あらかぶとはカサゴのことらしい。
長崎、熊本、鹿児島あたりの方言らしいが、萩あたりでもそう呼ぶのだろうか。

あらかぶ煮付け

小ふく唐揚げ
ふぐの唐揚げとは珍しい!
地元も海の土地だけど、こういうのはなかなか無いからなぁ。
美味しくてご飯が進んだb(´∀`*)

小ふく唐揚げ

食後は、萩本陣の温泉のある、湯の丸から出発するSL風の小型バスに乗って行く、奥萩展望台へ行ってみた。

湯けむりが風情を醸す、奥萩展望台の足湯に浸かりながら、萩の夜景を楽しめる♪
さっき降っていた雨も、この頃にはやんでいた。

奥萩展望台1

展望台からは、まるでミニチュアのように走る山陰本線の電車や、やたら主張しているパチンコ屋(苦笑)、それから、日本海に目を移すと、イカ釣りの漁火が点々と闇夜に浮かんでいた。

奥の方に点々と見えるのが漁火だったはず(´・_・`)
絶景足湯からの眺望

足湯では係りの人が見えている景色がどのあたりなのか教えてくれたり、気さくに写真を撮ってくれた♪

奥萩展望台 絶景足湯にて

15分ほど足湯に浸かり、景色を堪能して下山。
展望台には、なぜか恐竜がいたりもした。

奥萩展望台2

本陣に戻り、今度は温泉に入る。
温泉はとても広く、色々な浴槽があって楽しめた。

内湯は城壁を模した景観を堪能!
露天風呂は石垣をイメージした作り。

自社敷地内の深度2,000mの源泉を加温なし(30℃ぐらい)と加温有り(40℃くらい)で楽しめる一人用の「源泉の壺」
光の間という、イルミネーション風呂も良かった!

浴槽は全部で14種類もあって、朝と夜で男女が交代するので、早朝も入浴し、萩の温泉を楽しんだのでした(^^♪



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4 萩城跡と城下町 ~山陰山陽父子旅~

日本100名城 萩城に到着!!

指月駐車場に車を停め、まず隣接の萩資料館を訪ねた。
もう閉館直前で、冷房も止めてあったけど
「それでもよければ」
という事で、中を覗かせてもらい、城巡りへ!

三の丸跡の駐車場からすぐ、南門跡の枡形の所に長州藩祖、毛利輝元公の像がある。
輝元は中国地方の覇者・毛利元就の孫にあたるが、関ヶ原の役の際、石田三成が挙兵した西軍の実質上の総大将となるが、戦わずして徳川家康の東軍に負けた。

危うく存亡の危機に瀕したが、やっとの思いでそれまでの中国8ヶ国112万石から周防・長門2ヶ国36万9千石と大幅な削減で、しかも萩という、この山陰の外れにある不便な場所に押し込められる形で命脈を保った。

毛利輝元公像

長州藩には伝説がある。
毛利氏は関ヶ原での無念を忘れず、倒幕を極秘裡の国是としていた。

新年。拝賀の儀で、家老が藩主に問う。
「今年こそ徳川を討ちますか!?」
藩主は答える。
「まだまて、時期尚早である」
このやり取りが形骸化しながらも幕末まで続いたらしい。

こうした「臥薪嘗胆」、「面従腹背」の精神が幕末に烈火の如く炸裂し、維新の原動力になったことはあまりにも有名だ。
ともあれ、輝元は所領の大半を失い、萩に小城を築いた。


輝元の像のある南門跡の枡形の先が二の丸となる。

南門枡形

ここが写真などでよく見る城址碑と内堀越しの天守閣跡と指月山。
萩城は別名指月(しづき)城ともいう。

史跡 萩城跡

天守台。扇の勾配と言われる、曲線を描く石垣が美しい。
明治7(1874)年にはまだ五層五階の複合式望楼天守が残っていた。

萩城天守台

本丸は石橋を渡って入城できる。

萩城本丸へ

世界遺産を目指しているようだ。

世界遺産はちょっと難しいかな

本丸石垣の内側は、石段となっている。
この石段は雁木と言い、武者たちが一斉に石垣の上に駆け上ることができる。
萩城の雁木は、全国でも最大規模のものである。

全国最大規模の雁木(石段)

その石段を登って二の丸を望む。
二の丸まで攻めてきた兵士は、ここに立ち並んだ鉄砲隊に一斉射撃をされるのだ。

立派な石橋

天守閣のあった天守台にも登ることができる。

萩城天守閣跡

天守の礎石。
ここに天守があったことを示している。

萩城天守礎石

天守台からの眺め。
内堀は外から見たより広大な印象を受けた。

天守台からの眺め

指月山の山頂には、萩城の詰の丸がある。
萩城は平地の部分は平城だが、詰の丸は山城なのだ。

時間がなくて今回は登れなかった(;一_一)
天守台から指月山

天守から降り、本丸を散策。
花江茶亭では幕末の折、藩主や支藩主、家臣らと時勢を論じ、国事を画策したという。

花江茶亭

旧福原家書院は、元々三の丸にあった毛利藩の永代家老の書院である。
花江茶亭も同じくだが、指月公園となった萩城跡に移築されている。

旧福原家書院

本丸内にある志都岐山神社は毛利元就、隆元、輝元、敬親、元徳を5柱として、初代から12代まで萩藩歴代藩主が祀られている。明治12(1879)年、萩の有志により創建された。

志都岐山神社本殿

指月山まで登ることはできなかったけど、まだ明るいから城下町を散策してみることにした!

石橋と天守台と指月山

萩城の駐車場のすぐ向かいに
重要文化財 旧厚狭毛利家萩屋敷長屋 附 棟札1枚
がある。

きゅうあさもうりけはぎやしきながや つけたり むねふだいちまい
旧厚狭毛利家萩屋敷長屋入口

旧厚狭毛利家は、毛利元就の五男元秋を始祖とする毛利氏一門で、棟札によるとこの屋敷は安政3(1856)年に建てられたとされる。

厚狭の長屋風景

長屋内には萩城の復元模型や甲冑が飾られていた。
現存する萩の武家屋敷でもっとも大きく、建築年代もはっきりしている貴重な建物である。

旧厚狭毛利家萩屋敷長屋

萩の城下町は、外堀の内側の地区が堀内伝統的建造物群保存地区として、重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

重要伝統的建造物群保存地区とは、市町村が定める伝統的建造物群保存地区の中で特に重要と思われる地区を国が指定するものだ。

今回は外堀の外側をメインで巡った。
保存地区だけでなく、城も城下町一帯も国指定史跡になっている。

史跡 萩城城下町碑

ベンガラの建物は旧久保田家住宅。

旧久保田家住宅

町並みは、今もなお往時の姿をとどめている。

萩の町並1

なまこ壁が美しい。
親父は真夏でも長袖だったりするw

萩の町並と親父

道の側溝には、カニが群生していた。

萩の城下に棲息するカニ

この城下が維新の志士たちを多数輩出したのだ!

萩の町並2

高杉晋作誕生地。
堀内の外とはいえ、晋作は上級武士の出である。

高杉晋作誕生地

その先には高杉晋作立志像。
夕方とはいえ真夏の暑さにも耐え、悠々と佇んでいた。

高杉晋作立志像

木戸孝允もここで生まれた。
彼もまた上級武士のエリートだが、高杉晋作と同じく、吉田松陰の影響を受け、明治維新の中心人物となっていく。

木戸孝允誕生地

外堀は城下形成以来たびたび縮小されたが、今では石垣と小さな溝のようになっていた。
ほとんどは道路になってしまったのだろう。

外堀と石垣

中の総門。
遺構はいずれも古び、それがかえって萩という町が歴史的役割を果たした誇りを感じるようであった。

中の総門

もう少し整備してあげてもいい気もしないでもなかったが。
二人は、萩の城と城下町が思っていたよりずっと風情にあふれていたことに満足し、一泊目の萩本陣へ向かうのであった。



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3 道の駅 萩往還 ~ 萩駅

途中の大渋滞もあり、浦賀から18時間以上もかかってしまったが、ようやく萩まで来ることができた!

道の駅 萩往還に立ち寄る。
以前はこの辺は萩道路といって以前は有料だったが、2010年に無料となった。

道の駅 萩往還

道の駅には、高杉晋作 吉田松陰 久坂玄瑞の像、山県有朋 木戸孝允 伊藤博文の像と、並み居る長州の志士たちの銅像が置かれていた。

高杉晋作 吉田松陰 久坂玄瑞
高杉晋作 吉田松陰 久坂玄瑞

この道の駅は、江戸時代、参勤交代のために開かれた萩往還という旧道沿いにある。萩往還は道々に旧道を示す看板があり、今でも歩いて萩へ向かう酔狂者がいるとのことだ(東海道や中山道歩いている俺が言うのもなんだけど・・・)

萩往還

萩城へ向けて車を走らせると、JR西日本 山陰本線の萩駅がある。
萩駅は無人駅で、一日乗車平均人数は60数人程度である。
駅舎は大正14年に当時の代表的な洋館駅として完成し、幾度か修築を行い現在は鉄道記念館として、資料館の役割も担っている。

1996年、登録有形文化財に指定
萩駅

ようやく萩城跡の指月山が見えてきた(´∀`*)

指月山遠景

日没までまだ時間がある!
どうにか萩城は今日の内に巡ることができそうだ!!



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日本全国を巡ってます!
ひとつひとつの旅がつながりあって、いつか一本の壮大な物語になる!!
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ブログはつれづれ、旅はガチ、歴史はぼちぼち
そんな毎日でありたいなw

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